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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第3章 カルウィズ天領地
186/683

186 コケのローション。


丸みを帯びた石段を踏みしめると、表面に生えたコケのぬめりで足裏が滑る。


(えー)


朱儀は巨人楽市を慎重に操りながら、石段を登っていく。


霧で先があまり見えないが、まだまだ続いているらしい。

石段は徐々に、勾配がキツくなっているようだ。


だからといって、へこたれはしない。

操る朱儀は力みなぎる鬼の子であり、操られる巨人もまた、疲れ知らずのアンデッドなのだ。


(ふふん)


 

しかしである――


順調に進んでいた朱儀が、何気なく次の一歩を出した瞬間、それは起こった。

突然、踏みしめようとした石段が消えたのだ。


(ふあっ!?)


そうかと思うと体が瞬時に反転して、真後ろを向いていた。


目の前にはこれまで登ってきた石段が、下りとなって現れる。

登っていたはずの石段を、いつの間にか朱儀は降りようとしていた。


(なーんーでーっ!?)


踏みしめようとした右足が、空を切る。

登るために、前へかけていた体重が勢いとなり、盛大に石段を転がり落ちた。


(わーっ、あーぎ、どーしたっ!?)

(なんだ今のっ、へんてこだぞっ!?)

(えーっ????)

(あーぎっ!?)


(これってっ……)


転がり落ちる程度ならば、巨人楽市はビクともしない。


朱儀が落ちる勢いを殺そうと、石段に手をかけると、その指先がぬめりで滑った。

踏ん張ろうとした足も、コケを潰してぬるっと滑る。


ぶろろろろろろろろろろろっ


巨大な楽市のツルリとしたお尻が、丸みのある急勾配の石段へ、リズミカルに打ち付けられていく。


抗えば抗うほど、コケのぬめりが全身にまとわり付き、滑る勢いが止まらない。

たまらず朱儀が、助けを求めた。


(きり、うーなぎ、止まんないよーっ!)

(まかせろっ、うーなぎ、あーぎ、

いっせーのせーで、足ふんばるよっ!)


(はいよっ)

(うんっ!)


((( いっせーのー、せっ! ))) 


ずるりっ

 

((( わーっ! )))

 

ぬたぬた、ぬとぬと、べっちょりっ


巨大楽市が粘着質の飛沫を飛ばしながら、落ちるように滑っていく。

朱儀、霧乃、夕凪の三人が、何とかしようとバランスを取るため、大きな楽市の足を開かせた。


(わっ、ちょっと待ってっ、この格好は嫌っ!

足を閉じてお願いっ!)


楽市が顔を真っ赤にして、乙女な叫びを上げても三人は聞かない。


(ふぐぐぐっ、らくーち、体うごかさないで、じゃましないでっ!)

(むーりーっ、ほら回っちゃうっ!)

(すーべーるーっ!)

(ぶろろろろろっ)


今はひっくり返ったカエルのようになり、背中で滑っていた。


石段が終わっても、その巨大な質量のために、巨人楽市の勢いは止まらない。

全身トロミまみれの美女が、コケの野原を行く。


もうその頃には、なすがままだ。

だらりと力を抜いた巨人楽市が滑り続け、(ふもと)の黒壁にぶつかって、盛大に雫をまき散らした。


スタート地点に逆戻りである。

皆しばらく、巨人の中で動かない。

せっかく登った苦労が、一瞬で無駄になってしまった。


さぞかし皆、落胆しているだろうかと思えばそうでもない。

子供たちの目が、キラキラと輝きだす。


(おもしろかったっ、ダーク、すげーっ!)

(もっかいやるぞっ! ダーク、すげーあそび、するなっ!)

(もっかい、やるーっ!)

(やーるーっ!)


(いや、面白かったけど、今はそれ処じゃないからっ!

それにこれ、ダークエルフの遊びじゃないからっ!)



楽市たちが遊ぶ遊ばないで揉めていると、霧乃と夕凪の獣耳が、心象内でパタパタと動いた。


ただでさえ耳が良いのに、今の二人は楽市の瘴気でブーストがかかり、さらに連携して索敵能力が恐ろしく上がっている。

 

(らくーち、なんかきたっ!)

(あっ、これまた、あいつだっ!)


霧乃と夕凪が、楽市に心象を送ってくれる。


(えっ、ドラゴンがまた来たの!?)


心象で教えられた方角を見つめると、暫くして霧の中から、ホバリング飛行をする白いドラゴンが現れた。


朱儀が慌てて、巨人楽市を立ち上がらせる。

楽市たちが何の用かと身構えると、ドラゴンはおもむろに口を開いて霧の中に、

蛇、太陽、月、星のパターンを作り出す。


(むっ)


これは楽市とドラゴンの中で、なんとなく交信要求の合図となっていた。

楽市もそれに応えるため、再び黒い手の上へ実体化する。


ゆっくりと頭からせり上がると、巨人の手にべっとりつくコケのローションを、頭から被ることになった。


「うへえっ!」


オクラの匂いに包まれて、狼狽えながら膝辺りまで実体化したとき、楽市は気付く。

ドラゴンがすんごい近い。

 

 

――ええええっ!


 

二回目だし、フレンドリーになってくれたのなら嬉しいが、思い切り殺し合いをした仲だ。


――近いっ、完全に手が届く距離じゃないかこれっ!

   

実際軽く一歩踏み出して、かぎ爪でひょいとフックをかませば、楽市が真っ二つなる距離だ。


そう思った途端、楽市の体がこわばり手の平へ沈みこんでしまう。

腰まで戻ったとき、楽市はハッとした。


――交渉ごとは、舐められたら終わりっ


楽市は辛うじて腰で留まり、その中途半端な格好をごまかすため、巨大な手の親指、その付け根の膨らみに寄りかかった。


小袖を着たままだが、見ようによっては、半身浴でくつろぐお姉さんに見えるだろう。多分


できるだけクールを装い、声を奏で始める。

幾つものパターンを繰り出し、空中に光の疑問符を浮かべた。

 

ドラゴン、あたしに、何か? ようか?



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