184 ドラゴンの過去と未来。
「ここのドラゴンたちは、あたしと同じ事をしていたんだ」
「なんだ、それー?」
霧乃が、パーナの膝上で小首をかしげる。
「土地に住む神様の、お手伝いだよ」
「あっ、くにっかみ、さまだっ!」
「えーっ、ここに、いんのっ!?」
「あーぎ、みたいっ!」
「わあーっ!」
楽市から聞き及び、霧乃たちの中で国つ神は、それはもうデカくて金ぴかで、カッコイイヒーローみたいになっている。
ここに居るのならぜひ会いたいと、大人組の膝の上で騒ぎ出した。
「ふふ……そうだね会えるといいね。
でもね、ここのドラゴンたちは、国つ神様のお手伝いのことを、すっかり忘れているんだよ」
「なんでっ!?」
ゴンッ 「うぐっ」
夕凪が膝の上で跳ねると、ヤークトの顎とごっつんこしてしまう。
夕凪は平気そうだが、ヤークトはのけ反っていた。
「多分、魔法でそこの部分を、無理やり消されてる」
「えーっ!?」
――楽市がドラゴンとのやり取りで分かった事は、彼らは国つ神も知らないし、ましてやその神に仕えていた事など、すっかり忘れているという事だった。
初めに霧へ映した国つ神は、神を認識しての事ではなく、単に楽市の図形を真似しただけだと言う。
楽市とのやり取りに使っている、この方法こそが、国つ神との交信用であるにも関わらずそんな事を伝えてくる。
楽市が今使っている交信方法こそ、“国つ神様とのためにあるものだ”と指摘すると、ドラゴンが霧に疑問符を作った。
このスキルは、
“今まで特に使用する事もなかったし、なぜ自分が使えるのかも分からない”
と楽市に伝えてくる。
そのマヌケな答えに、楽市は面喰ってしまう。
こっちこそ特大の疑問符を、投げつけてやりたいと思った。
楽市とドラゴンとのやり取りには、終始そういった場面が現れたのだ――
「あたし、交信をしていて何度も首をひねったよ。
話が全然、嚙み合わないんだもん。
あたしがいくら国つ神様のことを伝えても、向こうはちっともピンと来ないんだ。
何それって感じでさっ」
ここまで話がズレると、これは楽市の勘違いだったのか?
早とちりだったのか?
白いドラゴンは、国つ神と何も関係ないのか?
そう言った疑問が頭の中に浮かんだが、それは絶対にないと、楽市の感が告げていた。
豆福の伝えてくれた、土の味の既視感。
そしてドラゴンの使う、楽市のものと酷似した式。
国つ神用の式を使っておいて、使い道を知らないというデタラメさ。
そんな、アホな事があるものかっ!
明らかに記憶へ、強烈なバイアスがかかっているっ!
楽市は奥歯を嚙み締め、そう考えた。
「ドラゴンにとって、ここはとても大切な場所だったはずなんだ。
それを無理やり奪い、記憶を消してダークエルフの避暑地にするなんて、すっごい腹が立つっ!」
楽市は、そこに自分を重ねてしまう。
ただ楽市の場合、忘れたのではなく、忘れられたなのだが……
次々にヒノモトでの事を思い出し、陰陰滅滅となっていく楽市に、霧乃が声をかけた。
「ひしょって、なに?」
楽市は我にかえり、軽くデコをもむ。
「夏の暑い日にきて、のんびり遊ぶ所って意味だよ」
楽市がそう説明すると、子供たちから意外と肯定的な感触が返ってくる。
「へー、あそぶとこに、したのかー」
「あそべるのっ!?」
「なにして、あそぶのっ!?」
「あーそーぶーっ!」
霧乃たちの間で、
“なんだダークも、良いとこあるじゃないか”
みたいな空気が生まれてしまう。
「あれーっ!?」
楽市はこれはマズいと考え、軌道修正に入る。
「えっと、霧乃、夕凪。
あんたたちの生まれた所、あるでしょ?」
「うんっ」
「あな、なっ!」
北の森が始まる中心点。
霧乃と夕凪は、楽市がその場で掘った穴から生まれたのだ。
「あそこを埋めちゃって、勝手にダークエルフが住んだらどう思う?」
「へ?」
「ん?」
一拍おいて、二人が騒ぎ出す。
「そんなの、やだっ! きりとうーなぎの、とこだぞっ!」
「だめだろ、それっ! かってに、するなっ!」
「ドラゴンはダークエルフに、それをやられたんだよ」
「なーんーだーとーっ!」
「だめ、だめ、だめっ、かえれっ!」
「朱儀と豆福も、自分の生まれた所覚えている?」
「うんっ」
「あそこーっ」
楽市たちは知らないが、朱儀は大きな一本岩を、頭の中に思い浮かべていた。
豆福は、ヤクトハルスと呼ばれる巨樹を思い浮かべる。
「そこを勝手に壊してダークエルフが、自分たちの遊び場にしたらどうする?」
「「 ええーっ! 」」
「ドラゴンはそれを、やられたんだ」
「なーっ!」
「ふあーっ!」
楽市の軌道修正がうまくいき、霧乃たちが遊び場なんて他に作れと、激怒し始める。
楽市はその反応にホッとしながらも、表情は曇ったままだ。
「たださ、あたしがやろうとしている事は、今信じているものから、無理やり引き離すって事なんだよね……」
信じているものから、無理やり切り離す。
それではダークエルフが、ドラゴンへやった事と同じではないのか?
子供たちは、楽市の言っている意味が分からなかったが、こっちがいざやろうとしている時に、グダグダ言い始めたのは分かった。
「何いってんの?」
「らくーち、めんどくさいなー」
「だーく、やりたいっ!」コロコロしたい
「ん゛ん゛ーっ????」
霧乃たちから、グダるなと責め立てられる楽市に、ヤークトが声をかける。
「ラクーチ様の、考えていることは分かります。
今信じているものから無理やり引き剝がすことが、その者にとって良いことなのか、どうか?
そのまま信じ続けていれば、幸せではないのか?
そうお考えですね?
それはある一面で、正しいと思います。
しかしです。
おそらくその先にあるのは、種族全体の緩慢な死です。
道具になり下がり、使い捨てられるだけの命です」
「ヤークト……」
楽市が真剣な眼差しを向けると、ヤークトがそれ以上の熱っぽい瞳で、見つめ返してきた。
「あたしとパーナは、そこに疑問を持ったからこそ、エルフ様から離れてラクーチ様にお仕えしています。
ドラゴンの寿命がどれ程なのか、あたしには分かりません。
でもきっと、同じではないかと思うんです。
あたしたち獣人種と、同じだと……
あたしは、やるべきだと思います。
たとえ今のドラゴンに恨まれようとも、次の世代のために。
次のドラゴンの子供たちのために。
この土地の神に仕えていた、尊厳と誇りを取り戻して欲しいです」
楽市は自分とドラゴンの過去を重ね、ヤークトは自分とドラゴンの未来を重ねていた。
見ればパーナも、目を赤くして楽市を見つめている。
楽市は二人に微笑む。
「ありがと、頭が少しスッキリしたよ。
じゃあさ、みんな、あたしに付いて来てくれる?」
楽市は少し照れくさそうに、皆を見まわした。
「はいっ!」
「どこまでもっ」
「らくーち、いいから、やっちゃえっ!」
「らくーち、なになに、なにするの?」
「あーぎ、やるよーっ!」
「ぶあーっ!」
ぶほーっ