183 くっつき合って、もうギュウギュウ。
決して、忘れていたわけではないのだ。
そうなのだけれど、緊迫した戦闘の中で少し……いささか意識の隅っこになっていたのは否めない。
楽市は恐るおそる骨の床からせり上がり、角つきの頭蓋骨内で実体化した。
すると途端にスポンジ状にみっちりと詰まったツタで、身動きが取れなくなってしまう。
草の匂いがムワンとくるが、決して不快じゃない。
むしろ落ち着く。
角つきの眼窩は瘴気で塞がれているため、光が一切差し込んでこない。
暗闇である。
自分の手も見えない中で、楽市は二人と松永に声をかけた。
「パーナ~、ヤークト~、松永~あの……戦闘中大丈夫だった?」
「あっ、その声は、ラクーチ様ですねっ!」
「ああっ、ラクーチ様っ、よくぞ御無事でっ!」
ぶほーっ!
楽市は元気よく返ってきた声に、ホッと胸を撫でおろす。
ひょっとしたら戦闘中の衝撃で、死んでいるかもと思ったことは、心にしまっておく。
ただ死んでいたとしても、瘴気で傷を修復されて元に戻っているだろうが。
「大丈夫? ホントに大丈夫!? ケガとかしてない?」
「はいっ、大丈夫ですラクーチ様っ!」
「ラクーチ様から溢れ出るもので、元気ですっ」
ぶっふっ!
「ああ良かった、ちょっと待っててね。
今、灯りをつけるから」
楽市は人肌まで温度を下げた狐火を、頭蓋内へ一つ浮かばせた。
青白い光が、密に詰まった緑色のツタを照らす。
楽市はそれを見て、改めて魔法は便利なものだと感心する。
そのツタの向こうから、ヤークトの声が聞こえた。
「ラクーチ様、こちらもツタをどかしますので、少々お待ちくださいっ」
ヤークトが口腔内で何やらつぶやくと、楽市を中心にして、ツタのスポンジが脇へ退いていく。
するとそこに、狭いがしっかりとした空間が出来上がった。
その空間めがけて、パーナたちがツタを搔き分け入ってくる。
「ああ、ラクーチ様っ!」
「ラクーチ様っ」
ぶふっ
パーナとヤークトの尻尾が、喜びでバッサバッサと揺れて、ツタの新芽を叩いていた。
「パーナ、ヤークト、松永っ、良かった皆無事で……ん?」
見ると、パーナたちの視線がおかしい。
焦点が定まらず、どこを見ているか分からなかった。
「あっ、そっかっ!」
楽市は慌てて、パーナたちの首筋に付けていた瘴気の管を取り外す。
すると二人の目の焦点があっていき、パーナとヤークトが正面の楽市を見つめて、喜びの声を上げた。
「ああ、ラクーチ様が見えますっ!」
「ありがとうございますっ」
楽市は瘴気の管を通して自分の視覚情報を、二人と松永へ送り続けていたのだ。
おそらく取り外すまで、楽市の視覚を通した自分自身が見えていたのだろう。
「ごめん、送りっぱなしだったね」
「いえ全然っ、それよりラクーチ様、頭痛は大丈夫ですか?」
ヤークトが心配そうに問うと、楽市がキョトンとする。
「頭痛? ああ、うん。
ちょっと頭使いすぎて、熱出そうになったよ、へへへ。
あのね、これからちょっと、やりたい事があってさ……」
するとパーナがニコニコした。
「作戦会議ですねっ、分かりました、すぐやりましょうっ!」
「あれ、何で知ってんの?」
楽市が不思議そうにするので、パーナとヤークトが顔を見合わせ笑い合う。
となりの松永も、ブフンッと鼻を鳴らして上機嫌だ。
パーナが黄緑色の瞳を、キラキラさせた。
「ラクーチ様、委細承知しておりますっ。
全部、首筋から入ってきましたっ」
「え、視覚だけじゃなかったっけ!?」
「始めは、そうだったんですっ」
首筋から入ってくる情報は、始めのうち視覚のみだったのだが、戦闘が激しくなるにつれて、未分化の情報がそのまま入ってきた。
視覚だけ切り離して送る方が、手間がかかるのだ。
十一体のドラゴンに取り囲まれた辺りから、楽市の五感と感情までもが、全て首筋から流れ込んでくる。
それは二人と松永に、楽市との一体感を起こさせ、まるで自分が楽市になったような気分をもたらした。
ヤークトの濡れたような赤い瞳が、楽市を熱っぽく見つめる。
「ラクーチ様、あたしは賛成です」
「へ?」
「あー、ラクーチ様、私もですっ。
ぜひやりましょう、迷うことはありませんっ」
「んん?」
パーナも、黄緑色の瞳をキラキラさせて肯定する。
「あはは、まだ何も話していないのに、変な感じだね」
言う前から、全力で肯定されてしまった。
ぶふふっ
松永も久しぶりに、楽市の顔をペロリと舐める。
おそらく賛成の意味だろう。
ペロペロペロペロペロペロペロペロ
「ぶっは、分かったありがと松永、わっぷっ」
こうして作戦会議は始まった。
場所は、パーナとヤークトが作ってくれたツタ内の空間だ。
かなり狭いので、霧乃たちが実体化して集まると、もう皆でくっつき合ってギュウギュウである。
あまりに狭いので、パーナの膝の上には霧乃が座っていた。
ヤークトの膝上には夕凪が座り、松永の横っ腹には朱儀が寄りかかる。
楽市の膝上には豆福だ。
この間、角つきに体を戻して、外の警戒を行ってもらっている。
その周りを、五体の幽鬼が取り囲む。
会議を始めてすぐ、霧乃たちの不満が爆発した。
「ええーっ!? 白いの、ころさないのっ!? 」
「たーすーけーるーっ!? らくーち、なんだそれっ!?」
「えーっ、やだやだ、やだよーっ!」もっとコロコロしたい
「ふあーっ????」よく分かってない
「あはは……」
楽市は話せば、霧乃たちの反応がどうなるか、分かっていたので苦笑いしかない。
さてこの野生児どもを、どう説得しようか考えていると、パーナたちが手助けしてくれた。
パーナは、霧乃をキュッと抱きしめてささやく。
「まあまあ、ラクーチ様のお話を全部聞いてみませんか、キリさん」
パーナに頭を撫でられて、霧乃の剣幕が少し柔らかくなった。
「えーっ」
ヤークトが、夕凪をギュッと抱きしめてささやく。
「ウーナギさん、ラクーチ様には、少し考えがあるみたいですよ」
ヤークトに頬っぺたをムニムニされて、夕凪の膨らませていた頬から空気がぬける。
プスー
松永が朱儀を舐めて、ぶっふぶっふと鼻を鳴らす。
それだけで松永が何を言おうとしているか、理解した朱儀が驚く。
「えっ、まーなかも、やめろって、いってるっ!」
「ええっ、まーなか、がっ!?」
「うえっ、まーなか、がかーっ!」
朱儀の驚きは、霧乃と夕凪にまで伝染した。
狩の師匠が、待てと言うのだ。
これはもう待つしかない。
急に大人しくなった三人に、楽市は呆れてしまう。
「ありがとー松永、助かったよ」
ぶふっ
しかしそんな中、豆福が叫ぶっ!
「らくーち、まめも!
まめもっ、なーんーかーしーてーっ!」
「おっと、はいはい」
楽市が頭をナデナデして、ほっぺをムニムニしてやると、よく分かっていない豆福は、それだけで至極ご満悦となってしまった。
「そーそー、それーっ!」
こうして会議は、つづく――