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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第3章 カルウィズ天領地
182/683

182 最後の意識を振り絞り、夕凪のほっぺをつねる。


四つのパターンを皮切りに、楽市は様々な図形を、口から吐き出していった。


生成する図形によって、折り重なる声音は微妙に変化していく。

この図形と声音の変化を伝え合い、その相違をすり合わせていくのだ。


直線、○や△の図形。

葉の形、花びらの形。

森の獣たち、各部の名称。

 

頭、腕、足、胸、腹、指、心臓。

目、鼻、口、耳、舌。


獣人、ダークエルフ。


そこから少しづつ、抽象的なイメージをすり合わせていく。


太陽の動き、月の動き、星の動き。

風の流れ、炎の揺らめき、川の流れ、雲の流れ。

木々の匂い、獣の匂い、

獣人の匂い、ダークエルフの匂い。


そして楽市の匂い――


図形と音響のやり取りは、徐々に速度が上がっていった。


瞬きをする間に、幾つもの図形が切り替わり流れ去る。

目まぐるしく変わるその様は、まるで情報の嵐だ。


その音もハーモニーなど早く短くなっていき、しまいにはザー、ビーなど雑音にしか聞こえなくなった。

言葉を介さぬ視覚と、聴覚の組み合わせで問う。


そう、あたしは、らくいち、

あなたは、だれ?


国つ神用の式を使って、意識のすり合わせがどんどん高速化していく。


そのために楽市の脳みそが、オーバーヒート寸前だ。

楽市の苦悶が平坦な声質ながらも、霧乃たちに伝わってくる。


(グウ……ヴ……クウウ)


(らくーち、もう、やめろっ!)

(だいじょうぶ、なのかっ、らくーち!?)

(わーっ、わーっ!?)

(ふあーっ????)

 


霧乃たちは恐ろしくなって、楽市の名を呼ぶが、楽市からの返事はなかった。

もうこちらに、気を回す余裕がないのだろう。


子供たちはその状況に、気が動転しながらも周囲の警戒を怠らなかった。


今、無防備な楽市を守るのは、自分たちしかいないのだ。

四人は必死に辺りを警戒し、他に近づく者がいないか気を張り続ける。


――しかしである


この状態が五十分、六十分続いていくと、霧乃たちの目がトロンとして来てしまう。


子供が緊張感を維持できる時間を、とっくに超えていた。

体を動かすならまだ良いが、ジッとしていなければならないのだ。


巨人から伝わる痒みも、いつの間にか消えていたが、警戒に集中していたため誰もそのことに気付いていない。


目の前では、意味の分からない絵柄が高速で流れていく。

一つ一つなど早すぎて視認できず、まるで流れる砂を眺めているようだった。


耳元ではザーとかビーとか、雑音が鳴り続ける。

その単調な画と音を見続け、聞き続けていると、次第に意識がスリープモードに入ってしまうのだ。


(うぐ……ぐう……)


心象内で夕凪の頭がユラユラし始め、その目がトロンとしている。

それに気付いた霧乃が、声をかけた。


(うーなぎ、ねるなっ、おきてっ!)


そういう霧乃も、頭がグラグラだ。


(うぐぐ、ねてないし……きりこそ、ねてるっ)

(ねてないっ)

 

(ねーてーるっ!)

(きり、ねてないっ!)


その隣では朱儀が頭を、グワングワン回していた。

朱儀が寝オチすると、巨人楽市の芯が抜けて倒れてしまう。


(あーぎっ!)

(あーぎ、ねるなっ!)


(ぶあっ、ごめんなさーいっ!)


体の機能を、元の角つきに返せばいいのだが、霧乃たちにその選択肢はない。

自分たちが楽市を守るのだ。

まあ豆福は首がガクリと垂れて、とっくに寝ているが……


三人娘の意識が途切れとぎれとなり、“もう駄目だ寝オチする”となったそのとき、

突然周囲の雑音が止んだ。


それに気付いた霧乃が、最後の意識を振り絞って、寝オチした夕凪のほっぺをつねる。


(いってーっ!)


目をパチクリした夕凪が、倒れ込んでいく霧乃の頭越しに、寝オチしている朱儀の角をつかみ大きく揺さぶった。


(おーきーろーっ、あーぎっ!)

(ぶわーっ!)


気付くと巨人楽市は、灌木が生え苔むした地面に横倒しとなっていた。

いつの間にか倒れていたらしい。

その周りを、幽鬼たちが取り囲んでくれている。


朱儀が慌てて左手を見ると、ちゃんと手の平が上を向いており、楽市は潰れていない。

しかしその上で、楽市はうずくまっていた。


(うわーっ、らくーちっ!)

 

(あーぎは、そのまま、まわり見ててっ!

うーなぎが、いってくるっ!)

(うんっ!)


夕凪は狐火となり、巨大楽市から飛び出した。

一瞬で元の姿に戻り、楽市の顔を覗き込む。


「らくーちっ!」

 

「おお……夕凪だ。

来てくれたんだね、ありがと……あたしは大丈夫だよ。

へへへ……らくーちさん頑張ったぞ」


楽市は上体を起こし、手の平に座り直す。


「ふー」


楽市がドラゴンのいた方角を見ると、その姿はもうなかった。


「戻ったか……」


楽市は知恵熱が出そうなデコを揉みながら、天を仰ぐ。


「面倒くさいっ、めんどうくさいなー、これ。

でも、放っておけない。

こんな状態、放っておけないよ……あたし」 


「らくーち?」


夕凪が心配そうな顔をして、楽市の膝に触れている。

楽市はそんな夕凪を膝の上に乗っけて、その小さな頭の上に自分の顎を乗っけた。


「なんだー、らくーち!?」


パタパタ動く夕凪の獣耳に、楽市は唇を寄せる。


「夕凪、ちょっと、みんなで作戦会議やるよっ」







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