181 太陽、月、星、と白蛇。
(らくーち、きたぞっ、いっこ、でかいのっ!)
(でかいな、なんだあれ!?)
楽市には霧乃と夕凪の叫びが、巨大楽市に繋がっている尻尾を通して聞こえてくる。
霧乃と夕凪の焦りと共に、ガツンと響く。
楽市は尻尾を介して、霧乃たちへ心象を送る。
(キタカー)
(なんだ!? こえがへんっ、らくーち!?)
(こえが、カチコチ、だぞっ、らくーち!?)
(ナニイ?)
心象を通しての会話は、肉声を使用しないので、声を奏でながらでも可能である。
しかし声を奏でながら喋るというのは、なかなかに無理があった。
楽市の脳みそ能力が、パンクしそうになっている。
(ウタウ、シャベル、ドウジ、ムズイ)
(だれだっ!?)
(なんで、そうなるっ!?)
(だれっ!?)
(だーれーっ!)
霧乃がとにかく楽市に、心象で相手の大きさや方角を伝える。
(こっちからだよっ、どーすんのっ!?)
(マカセーロ)
楽市の声は抑揚が無く平たんで、熱が一切籠っていなかった。
これほど頼りない“まかせろ”は初めてなので、霧乃は顔が引きつってしまう。
楽市が六十四重の式を奏でる中で、霧の向こうから確かに一体、やって来るのが見える。
他のドラゴンとは、二回りぐらい大きさが違った。
ホバリングしながら低空飛行して、ドスンと楽市の正面に降り立つ。
その距離、約二十メートル。
霧の中で、ギリギリ視認できる距離だ。
他の竜よりも二回りデカいので、水流の刃が届くような気がする。
楽市はそう思うと、黒い手の平で腰が引けそうになったが、グッとお尻に力を入れて背筋を伸ばした。
相手にビビッていると悟られたら、交渉などできる物ではないからだ。
ここで、踏ん張らねばならない。
そのためにずっと、声を出し続けていたのだから。
今までやっていたのは、単純なフレーズを何度も繰り返していただけ。
会話でいう所の、
“ねえ、ねえ”とか、
“なあ、なあ”である。
ヒノモトと世界が違っても、基本の基本、出だしの声掛けは余り変わらないだろう。
楽市はそう考えて、単純なフレーズを繰り返していた。
さてコミュニケーションは、ここからが本番。
(マズ、コレダ)
楽市は、自分の乗る黒い手の平。
その手の指。
楽市の目の前で、四本そろえて軽く内側に曲げられている指の先を、黒々と連なる山々に見立てた。
そこへ口腔から出した、白く輝く蛇を絡ませる。
六十四重の声音から生まれた蛇には、頭と尾の先がない。
国つ神の代わりである。
相手が神に仕えていたのならば、これが分からぬ事は無いだろう。
楽市が初めて、この世界で目覚めたとき、目の前にいたお姿である。
国つ神。
地母神。
地の脈。
など、色々な名で呼ばれる方だ。
案の定、反応があった。
霧の中で、ぐるると喉を鳴らし一歩近づいてきた。
ずしんっ
楽市が黒い指の峰でくねらせると、更にもう一歩。
ずしんっ
楽市は次に、白く輝く小さな、太陽、月、星、を口腔から出した。
その度に、六十四重の声音を変えていく。
まずは国つ神を含めた、この四パターンを繰り返した。
(らくーち、なに、してんのっ!?)
(おえかき、だっ!)
(なんでっ!?)
(おーえーかーきーっ!)
楽市が、カクッカクな声で説明する。
(アイテ、ヤリカタ、タブン、チガウ。
ダカラ、スリ……スリ、アワセ、スル)
(すりあわせ? なんだそれ!?)
夕凪が、分からないと問い返す。
すると説明しようとした楽市の脳みそが、キャパオーバーしてしまった。
(エット、スル? スレ? スリ、スリ、スリ……)
(らくーちーっ!?)
楽市が壊れたスピーカーのように、すりすり言っていると、ドラゴンが四つのパターンを見つめながら、大きく口を開き始める。
幽鬼たちが、すぐさまそれに反応して、楽市の前に五重のカーテンを引いた。
(あーっ、やばい、あれくるーっ!)
(くるぞ、しゅばばーっ! らくーち、もどれーっ!)
(らくーち、こっち、きてーっ!)
(やーめーてーっ!)
(ヤバババッ、ブホッ、ゴホホッ!)
楽市は思わずむせてしまい、声が途切れてしまう。
慌てて手の中へ逃げようとしたとき、ドラゴンが顔の向きを変えた。
「おっ??」
ドラゴンは横を向き、口腔から水の代わりに空気を吐き出す。
ボボボボボボボボボッ
乱れた空気が、次第に口腔で圧縮されていき、細くて高い笛の音のようになっていった。
それが更に高くなり、耳鳴りのようになった時、超高音の振動が辺りの霧に干渉し始める。
音が干渉して、霧に縞模様を作りだす。
さらに模様がグニャリと曲がり、霧の中に大きな白蛇を形作った。
それは、頭と尻尾の無い蛇である。
ドラゴンは耳鳴りのような高音を微妙に変えて、
太陽、月、星と、
パターンを順に浮かび上がらせていく。
そしてまた白蛇に戻り、四つのパターンを繰り返す。
楽市はそれを見て、拳を握りしめた。
「やったっ、返して来たっ!」
霧乃が、心象内で首を傾げた。
(なにこれ、らくーち!?)
(あれが、ここのやり方なんだよ多分。
あたしは声と光で、国つ神様への式を作る。
向こうは、声と霧で式を作るんだ。
やっぱり世界は違っても、物の道理はあんまり変わらないんだよ)
楽市が初めてこの世界で目覚めたとき、そこに国つ神がいた。
その姿はヒノモトの国つ神と、あまり変わらなかったのだ。
その後も木々や星の位置がまるで違っていたが、そこにあるのは、ヒノモトと変わらぬような木々であり星の光だった。
ならこの世界に、国つ神へ仕える者がいるとすれば、楽市と似たような事をしているだろう。
楽市はそう考えていた。
(多分言葉は通じないだろうから、お互い国つ神様に使っていた式で、やり取りが出来ると思う。
でもそのためには、音と意味のすり合わせをしなきゃいけない)
(はー!? なに、いってんの!?)
(わからんっ! ひとことで、いってっ!)
(ぜんぜん、わかんないーっ!)
(らくーちっ????)
(えっと、うん……らくーちさん頑張る!)