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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第3章 カルウィズ天領地
180/683

180 その声は何度も囁く。


霧に煙るテラスにて。


リールーは立ち続けるのも疲れるので、石の床にぺたりと座り込み、遠隔視(ふぁぶる)を操作する。


その両脇では既に座り込んでいた、イースとサンフィルドが、それぞれに遠隔視を発動させて覗き見ていた。


遠隔視が三面鏡のように並ぶ。

その前にイースたち三人、その後ろから竜の頭が覗くという、新フォーメーションで戦況を観察している。


イースたちはお互いの鏡を覗き合い、あちらがどうとか、こちらがどうとかと、様々な角度で北の魔女を見る。


男たちの鏡が巨大化した魔女の、控えめながらもツンとした形の良い胸や、腰からの見事な曲線に寄りがちなのは、致し方ないだろう。


ただしあまりにも寄り過ぎて、“飛び跳ねて揺れやがるっ!”など、感嘆の声を上げ過ぎると、リールーから肘や裏拳が飛んできた。


今は手の平から迫り出した、銀髪の魔女本体が、色々な角度で遠隔視(ふぁぶる)三面鏡に映し出されている。


その美しい横顔は、いささか緊張しているようにも見えた。

鏡では音声は拾えない。

しかし魔女が唇を開き、何事かやり始めたのは分かった。


それが何なのか分からなかったが、暫く経つとテラスに不思議な歌声が響き始める。


ゆっくりと揺蕩(たゆた)うように流れるそれは、鏡に映し出される魔女の口元と同期していた。

リールーは小首を傾げる。


「この音は、北の魔女の歌声なの?」


歌というよりも、声による演奏といった感じだ。


それも一人ではなく何十人もがそこに居て、声を重ねているように聞こえる。

リールーの横でイースもうなずく。


「どうやら、そうみだいだね。

でもどうやったら、一人でこんな音が出せるんだろう?」


イースが興味深げに聞いていると、突然に音色が外れて、素っ頓狂な音が混ざり中断する。

鏡の中の魔女が、咳き込んで顔を真っ赤にしていた。


「あれ、間違えたのかな?」

「こんな所で歌うなんて、何考えてんだ? アレ?」

「へえ、間違える事もあるんだ、ふふふ……」


再び始まった歌声を聞きながら鏡を覗いていると、後ろから覗くシルバーミスト・ドラゴンが、かぎ爪を伸ばしサンフィルドを脇へ押しのける。


「ちょっ、何すんだっ! 

うわっ怖え、爪やめろよっ、分かったよ何だってんだよっ!」


シルバーミストは、サンフィルドをどかせると、鏡の前で巨大なかぎ爪を動かし操作し始めた。


「うわっこいつ、操作できんのかよっ!?」


サンフィルドが驚いていると、イースが感心する。


「へえ、ドラゴンなんだから、魔法ぐらい使うだろうけれど、僕たちの言語体系の魔法も操作できるんだね。


ドラゴンの使う魔法とは、かなり違うはずなのに。

ここの守護者なんだから、僕らの言語に

精通していて当たり前なのかな?」


イースが熱心にかぎ爪の動きを見る横で、リールーが鏡を覗きながら、柔らかな頬を膨らませる。


「ねえ、ドラゴンたちはどこへ逃げたの?

やっぱり霧に溶け込んで、スキを狙っているのかしら?」


その口ぶりは消えたドラゴンへ、“逃げるな戦え”と腹を立てているようでもあり、逆に不意討ちされるのではないかと、魔女の安否を気にしているようでもある。


「さあ、どうなんだろうね?」


イースが鏡を動かして、消えたドラゴンを探してみるが、映るのは霧ばかりで何も見つけられない。

するとかぎ爪がイースを優しく押し退け、イースの鏡を操作し始める。


「お、何だい?」


かぎ爪が手早く操作すると、鏡の中に宮殿の前で陣取る、ドラゴンの姿が映し出された。

リールーが、イースの鏡を覗き込む。


「あー、そうなんだ。

そこがドラゴンたちの、最終防衛線ってわけね。

皆が自分の宮殿を、守っているわけか。

ありがと、教えてくれて」


リールーはかぎ爪ではなく振り返って、後ろに陣取る大きな赤黒い瞳へ手をふった。


縦に割れた虹彩が広がり、シルバーミストの喉がぐるると鳴る。

イースが何だか嬉しそうだ。


「やっぱり、僕たちの言葉が分かるんだね。

いいよ、そのまま僕の鏡も使ってごらんよ。

僕は隣で見ているから」


リールーとドラゴンの操作する三面鏡の中で、北の魔女が歌い続けている。


霧の向こうから聞こえて来る声は、ゆったりと揺れながら、短いフレーズを何度も何度も繰り返していた。


それを聞いていると、何だか肩を優しく揺らされて、

ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、と、

(ささや)かれているような気分になってくる。

サンフィルドが欠伸をした。


「何だか眠くなってくるよな、これ」

「なるほど、これはそういう、魔法攻撃かもしれないね。

ふああっ……」


「イースこんな効きの悪い、睡眠魔法なんて意味あるの?

ふあ……」


三面鏡の前で、うつらうつらするイースたち。

その後ろで巨大な赤黒い瞳が、鏡に拡大された魔女の口元を、ジッと見つめていた。


そうしながら、もう一つの鏡を手早く操作して、各宮殿に陣を取るシルバーミストたちを覗いていく。


シルバーミストたちは、宮殿からジッとして動かない。

直接戦闘していたものだから、その警戒心は強く、鏡越しでもピリピリしたものが伝わってきた。


シルバーミストは魔女の口元と、宮殿のドラゴンたちを暫く見つめていたが、ふとかぎ爪を鏡から離す。


テラスに横たえていた、大きな頭を持ち上げる。

翼の出力をわずかに上げて、ゆっくりと巨体を上昇させていった。


鏡の前に座り込むイースたちは気付いていない。

浅い微睡みに、落ちているのだろう。


テラスを見つめながら、離れていくドラゴンは少し考えた。

ここで離れたら、宝が逃げるかもしれないと。

 

ドラゴンは数度瞬きをしてから、ゆっくりと降下していき、その両腕をテラスへ伸ばす。


――持っていこう


そう考えてダークエルフ三人を、むんずと捕まえた。


「うわっ、びっくりしたっ!」

「何だっ、どうした!? 何で俺、握られてんのっ!?

やべえっ、死ぬっ!」

「ちょっと、何してんのっ!?」


――ぐるる


ドラゴンにとって大切なのはイースなのだが、いつの間にかリールーとサンフィルドも、気に入ったようである。

自分の宝物リストに、入れたかもしれない。


シルバーミスト・ドラゴンは、三人をそっと握りしめながら、霧の中をゆっくりと飛んでいった。












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