018楽市、こまる~イマイチ、やる気が無い~
以前の楽市なら無理だったことも、今ならば出来ることがある。
まずは準備をしよう。
「ナランシア、ちょっとこっちへ来て」
楽市は手招いて、ナランシアを呼び寄せる。
「座って……」
ナランシアを他の獣人兵たちと、向かい合わせに座らて、楽市は彼女の背に回っ
た。
「なっ、何をなさるのですかっ」
ナランシアが怯え出す。
後ろから首を掻き切られると、思ったかもしれない。
他の、獣人兵もざわついた。
「大丈夫。痛いことなんてしないから。気持ちを楽にして」
そう伝えてから離れた所で、鬼の少女を看る二人に指示を出した。
「霧乃、夕凪、そこからこいつらを見ててね。少しでも変な動きをしたら、あたしに教えてっ」
「んー?」
「なんだー?」
何をするのか分からないが、楽市が面白いことをするようだ。
「いい? 二人とも狩りの目だよ。獲物を、見るときの気持ちになって。
あんたたちの得意技だよ」
「ふぁーっ」
「まかせろっ」
狩りと言われて、二人の目が爛々と輝く。
「あっ、ちょっと立ち上がらない!
飽くまでもゴッコだからっ、つもりだからっ、そのつもりで見てちょうだい!」
楽市が慌てて修正を加えると、霧乃と夕凪が唇を突き出してむくれた。
なかなか二人への指示は難しい。
「さあ、ナランシア。これから一から話してもらう。一からだよ。
ゆっくり場面を思い出すように、話してちょうだい。噓は無駄だからね」
「はっ、はい畏まりました」
楽市は返事を聞くと、右手をナランシアのうなじに滑り込ませた。
楽市の手とナランシアのうなじが、一体化している。
「ひっ、何をなさって!?」
「いいから、別に痛くないでしょ」
痛みは無いが、うなじを中心にして鳥肌が立つ。
ナランシアは、目を白黒させながら立とうとしたが、楽市に押し戻される。
「大丈夫。とって食べたりしないから。
さあ話して、ゆっくりとね」
「はい……」
ナランシアが話し始めると、彼女の心象が、楽市にじわりと伝わってくる。
これはガード下の飲み屋で行った、白狐の得意技「憑き物」である。
少し前の楽市ならば妖力が足りず、意識の無い者にしか取り憑けなかった。
けれど、今は違う。
力を取り戻し、いや以前よりも力を増した楽市は、ハッキリと目覚めた者にも、取り憑くことができた。
これが憑き物の、本来のスペックなのだ。
長い間、妖力を失っていた楽市は、ど忘れしていた。
久しぶりに目の覚めた者に行うが、上手くいっているようだ。
ナランシアの抱く心象風景が、現実の風景と重なって見える。
少しぼやけていた。
もっと感を取り戻せば、更にハッキリと読み取れるだろう。
この間、楽市は少し周りへの注意が、散漫になってしまう。
けれど、大丈夫。
ここで、我が家の野生児たちなのだ。
「あんたたち頼んだよ」
「おー」
「ふあー」
イマイチやる気の無い返事だが、大丈夫だろう。
「さて……」
楽市は、ナランシアの中に集中した。