177 だから、あたしたちは負けない。
朱儀が順調に拳を突き立て、ぬめっとした光沢のある、黒妖岩を掘り進んでいく。
するとその後方で巨大スケルトンたちが、足元に溜まっていく岩石を、外へと運び出し始めた。
(へー)
楽市が自然と生まれた分担作業に感心していると、朱後の弾んだ声が聞こえてくる。
(もうすぐーっ!)
拳に伝わる手応えで、もうすぐ貫通するのが分かるらしい。
朱儀が腰を落として重い一撃を放つと、これまでの鈍い掘削音とは違い、軽やかな音が拳を通して響いてくる。
朱儀が腕を引き抜くと、黒妖岩の向こう側から、湿った空気と共に光が差し込んできた。
天窓から光が差し込むように、トンネル内に淡い光のスロープがうまれる。
(あっ、なんかきれい……)
(よくやったっ!)
(へへへ)
(あーいーたーっ!)
(朱儀えらいっ!)
朱儀は同じ部分へ拳を打ち込み、穴を広げてそこからヒョイと、向こう側を覗いてみた。
すると目の前に大きく顎を開いた、ドラゴンが並んでいるではないか。
数はサッと見ただけで十数体。
(ああっ!)
朱儀が目を見張ると同時に、一体の口腔から超高圧の水流ブレードが放たれた。拳の穴を通り抜けて、朱儀を襲う。
咄嗟にかざした左手の小指と薬指が、あっという間に吹き飛んでしまった。
朱儀が慌てて下がろうとすると、石を運ぶ後ろのがしゃと、ぶつかってしまう。
朱儀の打撃でもろくなった黒妖岩が、水流ブレードで更に崩れていき、穴が広がっていく。
すると広がったスペースから、新たな水流ブレードが幾筋も襲いかかってきた。
掘削した穴は横幅が狭く、朱儀一人分のスペースしかない。
朱儀は横へ飛びのいて避けることができず、かといって後方も、がしゃが詰まって下がれなかった。
そのため六筋もの、超高圧の水流ブレードをまともに浴びてしまう。
ガードした両腕が、手首、肘と、次々に断たれて短くなっていく。
楽市が霧乃たちから痛みを切り離すため、がしゃの運動野から強制的に弾き出す。
代わりに体を受け持った楽市へ、激痛が走った。
楽市は痛みというより、激しい熱としてそれを感じ取る。
(くううっ)
なおも襲いかかる水流が、楽市の右肩から入って左脇腹へ抜けていく。
一刀両断は免れたものの、傷はかなり深い。
バランスを崩して頭が下がったとき、その頭頂部へ、六筋全ての水流ブレードが襲いかかる。
楽市の各部を切り裂きながら、水流が頭部へ集中しようとしたその時、後方から皆の隙間を通って、巨大幽鬼が楽市の前に躍り出た。
水流ブレードは、幽鬼を切り裂きながら楽市へ到達するものの、水圧を分散されてしまい、頭部を切断することができなかった。
盾となった幽鬼が、六筋の刃でナマス斬りにされていく。
幽鬼の再生が追いつかず、盾の役目を成さなくなると、入れ替わるように次の幽鬼が躍り出て、楽市の盾となった。
切り刻まれた幽鬼は後方へ下がり、体を修復していく。
トンネル内に入った五体の幽鬼が、代わる代わる盾となって楽市を守る。
幽鬼によって分散された水流を浴びながら、楽市が荒い息を吐いた。
(はあ、はあ、はあ、はあっ)
(ああ、らくーちっ!)
(らくーちっ!)
(ああっ、ごめんなさいっ!)
(ふあーっ!)
(だいじょ……うぶ、朱儀は全然悪くないよ。
謝ることなんかないって。
それより、あんたたち大丈夫? 痛くない?)
(だいじょーぶ、今は、いたくないっ!)
(らくーち、いたくないぞっ!)
(ああっ、らくーちーっ!)
(まめ、へーきーっ!)
(はあ、はあ……よし、みんな元気っ)
楽市は代わる代わる盾になってくれる、幽鬼たちを強く見つめる。
(ぐっ……全く見かけによらず、熱いんだからっ。
がしゃといい、幽鬼といい、あんたたちカッコ良すぎっ。
それと朱儀っ)
(らくーちー……)
(朱儀は、すごい頑張ってるっ。
だから全然悪くないんだよ。
あたしは朱儀に、いっぱい助けてもらっているんだ。
朱儀はすごいんだぞっ)
(そーだ、あーぎ、がんばってるっ!)
(わるくないぞっ、いい子っ!)
(あーぎ、すーごーいーっ!)
(みんなーっ)
楽市に続いて霧乃たちからも励まされて、朱儀の胸がキュッとした。
落ち込んだ気持ちが、どんどん軽くなっていく。
楽市が、霧乃たちに話しかける。
(みんな聞いて、それだけ相手も必死ってことなんだよ。
だけどね、あたしたちは負けない)
楽市は話しながら、瘴気を使い体を修復する。
切り飛ばされた腕の破片が、瘴気に絡め取られて、元の位置へ収まっていった。
(だってさ、
誰よりも獲物を早く見つける、
霧乃と夕凪がいて、
誰よりも殴るのが強い、
朱儀がいて、
誰よりも森を呼べちゃう、
豆福がいるんだから。
こんな子たちが、一緒になって戦っているんだよ。
ハッキリ言って、あんたたちが組むと、すっごい強い。
ヤバイくらい強いっ。
だから、あたしたちは負けないっ)
楽市が力強く言い切ると、心象内で子供たちの目がキラキラとする。
落ち込んでいた朱儀も、上を向いて復活していた。
(よしそれじゃ、体が治ったら直ぐにいくよっ。
盾になってくれてる幽鬼たちのためにも、頑張らなくっちゃね。
あとね、先に謝っておくよ。ごめんっ!)
(えっ、ごめんて? あーっ!)
(ああっ! ごめんやめろーっ!)
(ごめん、やーめーてーっ!)
(ふあ?)
豆福はよく知らない。