176 ほらね、だいじょーぶ。 ニ゛ッコ゛リ゛
巨大な黒い楽市の足元に、切断されてバラバラとなった、人型のがしゃが転がってる。
霧のため辺りを見回せないが、至る所にがしゃが転がっているのだろう。
楽市は朱儀に、頭蓋骨を拾わせた。
機能は停止しているが、まだ助かる。
駄目ならば、とっくに白い砂と化しているだろう。
(ごめん、少し待ってて。
早く終わらせて、直ぐに治してあげるから)
楽市はがしゃに向けた優し気な眼差しを切り替え、霧の中にそびえ立つ黒壁を冷ややかに見つめる。
ゴオオオオオンッ ゴゴオオオオンッ
楽市の視線の先では、黒妖兵を破壊しつくした巨大アンデッドたちが、黒壁を殴り続けていた。
固く握りしめた拳が打ち付けられると、中空の骨が震えて、鐘の音に似た打撃音を響かせる。
そんながしゃたちに向かい、黒妖門の放つ雷撃が天空から容赦なく降り注ぐ。
落雷は大気を切り裂き、甲高い爆裂音を響かせた。
しかしがしゃは、雷撃を全く気にしていないようだ。
雷が直撃するたびに、骨が真っ赤に焼けるのだが、そんなことは構わずに壁を殴り続けていた。
真っ赤に焼けたあとは、霧で冷やされ急速に黒ずんでいく。
味方としては頼もしい限りだが、黒壁破壊の方はあまり進んでいない。
数十発殴っても、やっと表面が剝離して浅く窪んだ程度だろうか。
黒妖兵と同じ材質のはずなのだが、確実にこちらの方が硬かった。
ここに穴を穿ったスターゲイジーたちは、きっと誇っていい。
朱儀は進まぬ作業を見て、自分でやることにする。
黒い楽市を歩かせて、黒壁へ近づいていった。
するとそのことに、霧乃たちが怯え始める。
(ひいっ、あーぎ行くの!? パーンていってるっ、こわくないのっ!?)
(やばい、やばいっ! こわすぎるっ!)
(だいじょーぶっ、だってがしゃが、へーきっ!)
(ふあーっ、こーわーいーっ!)
(朱儀、ゆっくり行ってっ! お願いだからゆっくりーっ!)
楽市は“早く終わらせる”と、言っていたような気もするが、ここは仕方がない。
雷撃が落ちるたびに見渡す限りの霧へ反射して、ストロボを焚くように、世界が明滅するのだ。
がしゃがたちのシルエットが、浮かび上がっては消えるを、高速で繰り返す。
そこへ雷撃の爆裂音もシンクロして、霧乃たちの恐怖を引き立てるのだった。
みんな心象内で、顔が引きつっている。
黒い楽市の操作へ霧乃たちの恐怖が入り交じり、上手く前へ進めない。
(きり、うーなぎ、まめ、らくーち、だいじょーぶっ!)
朱儀が自身を持って言うと、霧乃たちが悲鳴を上げた。
(あーぎ、むーりーっ! こわいっ!)
(これは、だめなやつっ、しぬやつっ!)
(ぶあー、やーめーてーっ!)
(朱儀、ちょっと待とうっ、一回待とうっ)
朱儀は鬼の子として、回復能力がずば抜けているので、ちょっとダメージに無頓着な所があるのだ。
そうこうしている内に、一発目がこめかみの角に落ちた。
パアアアアアアアーンッ
一般に雷は、人が思っている以上に落雷範囲が広い。
遠くで光っていると思って安心していると、足元に落ちる何て事がざらなのである。
((((( ぎゃああああああああああっ! )))))
耳元で炸裂する落雷に、朱儀も含めみんなで悲鳴を上げた。
雷撃は黒い楽市の肉に食い込まず、全て肌の上を流れていく。
漆黒の肌にほどこされた金の流紋にそって流れ落ち、地面に伝わると四方に散って、周りの草木を弾けさせた。
強烈な光と大音響によって生じた、一時的な視力の喪失と耳鳴りは、楽市の瘴気により修復される。
しかし霧乃たちの平衡感覚は直ぐに戻らず、進まぬ足取りが悪化して、千鳥足となってしまう。
そこへ雷撃がもう一発、二発、三発、十発と、立て続けに落ちてきた。
完全に黒妖門が、楽市たちを狙っている。
朱儀が雷撃を浴び続けながら、心象を通して、引きつった笑顔をみんなに送った。
(ほ……ほられー、らいじょーぶ)ニ゛ッコ゛リ゛
そんな朱儀へ、霧乃たちが吠えた。
(らいじょーぶ、じゃないっ! ひたが、ひびれるーっ!)
(あばばばばばばばばっ!)
(ぶあーっ!?)
(朱儀、早く壁を、こはしてーっ、あばばばばっ!)
(らくーひ、まかへてっ!)ニ゛ッコ゛リ゛
千鳥足で何とか壁にたどり着き、朱儀は正拳突きの構えをするものの、千鳥足では力が入らない。
(はへ?)
これはもう壁よりも先に、雷撃を何とかしなければ。
朱儀がシビれる頭で考えていると、不意に落雷の衝撃が止んだ。
しかし変わらず、強烈な爆裂音は続いていた。
何が起きたのかと、朱儀が上を見る。
すると生き残った、がしゃたちが朱儀たちの上に手をかざして、雷撃を代わりに受けているではないか。
黒頭のスターゲイジーも真上で浮遊して、楽市たちの代わりに雷撃を受け続けている。
(ああ、がしゃーっ、がしゃがっ!
みんな、ありがとうっ!)
朱儀の叫びで霧乃たちも気付き、目を丸くして口々に叫ぶ。
(うわーっ、がしゃが、助けてくれてるっ!)
(やばいっ、がしゃ、カッコイイっ!)
(ふあーっ、すーごーいーっ!)
(うあっ、ちょっと待って……
あたし何か、ジーンと来て泣きそうなんだけど、がしゃっありがとうっ!
よしあんたたちっ、がしゃたちの期待に応えるよっ!)
(((( おーーっ! ))))
黒妖門の壁際に作られた骨のドーム内で、朱儀が腰を落とし、正拳突きの構えをとる。
霧乃と夕凪が、朱儀の作るイメージを何度も反復した。
朱儀の繰り出す拳にサポートとして、タイミングを合わせるためである。
三人は心象内で三度呼吸を整えてから、四度目の吐く息と共に、全体重と各関節のひねりを加えた右ストレートを、黒妖門へ叩き込んだ。
ゴヅッ!
瘴気の肉をまとった拳は、鐘の音など鳴らさずに、重い音を立て肘まで壁に突き刺さった。
拳を中心に、蜘蛛の巣状のヒビが黒壁に走る。
(やった、いけっ、あーぎーっ!)
(やれやれ、もっとやれっ、あーぎっ!)
(あははっ)
(あーぎーっ、もっとーっ!)
(ぐすっ、あーやばい、最近涙もろくなったわ……
がしゃも、あんたたちも、みんなカッコ良すぎっ、ずずーっ)