175 豆福が、伝えてくれる土の味。
朱儀ひきいる“がしゃ分隊”の連携で、シルバーミスト・ドラゴンを次々と倒していく。
すると撃破数二十を超えた所で、残りのシルバーミストが、霧に溶け込み退いていくのだった。
(あっ、きえたっ!)
(にげたぞっ)
(え~、やだーっ!)
(ああーっ!)
霧乃たちが騒ぐ中、楽市は山を塞ぐようにそびえる、巨大な壁をにらむ。
霧の向こうで姿は見えないが、子供たちの感覚を共有する楽市には、その存在をビシビシと感じることができた。
(ふー、ちょっと、休憩できるかな?)
(らくーち、にがしちゃ、だめっ!)
(まだ、いけるぞっ!)
(もっと、やりたいーっ!)
(やーるーっ!)
(そうだね。でもその前に、あれ何とかしなきゃだね)
振り向く先も霧で見えないが、ギインッ、ゴオンッと音が響いてくる。
霧乃たちが伝えてくれる心象によると、生き残ったがしゃたちと、がしゃの半分ほどしか無いヒトデのような物が戦っていた。
朱儀が引き連れていた魚と獣のがしゃは、すでに霧の向こうへ駆けつけて、暴れているようだ。
(なにあれ?)
(ちっこいなっ!)
(……かわいい)
(まめ、やるよーっ!)
豆福が、随分とやる気を出している。
恐らく戦闘後の森修復が、頭の中にあるのだろう。
楽市はそう考える。
豆福は以前より戦闘による森林破壊を、怒らなくなっていたのだ。
その後、北の森を呼び出して、森を復活させたときの豆福は、それはもうホックホクなのだった。
楽市はそんな豆福が伝えてくれる土の味を、感じながら首をひねる。
(う~ん、何だっけこの味?
何か、引っかかるんだよねえ?)
*
霧のテラスで遠隔視を使い、戦闘を覗くイース、サンフィルド、リールーの三人があっけに取られている。
霧のため良く見えないが、それでも充分に戦闘の凄味が遠隔視から伝わってきた。
戦いは未だに続いている。
しかし今は残敵処理に変わり、北の魔女が巨大アンデッドをひきいて、黒妖兵を“お片付け”しているようなものだ。
イースとサンフィルドは緊張のため、溜めていた息を吐き出しその場に座り込んだ。
滑らかに形成された床石が、ヒンヤリする。
リールーは、まだ遠隔視に齧りついていた。
そしてまた、もう一体も……
“座り込んで見ないならば、そこをどけ邪魔だ”とばかりに、巨大な白いかぎ爪が霧の中からヌッと現れ、イースとサンフィルドの背を脇へ押しやる。
「わっ、はいっ!」
「うわっ、怖えっ、でけえっ!」
二人がどくと、空いたスペースを埋めるように、赤黒く巨大な瞳が遠隔視へ近づく。
その大きさは、長身のイースとサンフィルドの背を超えている。
かぎ爪が遠隔視の真ん中に陣取る、リールーの背もつついた。
「ん、なに? 見たいの?
いいわ、チョットだけ見せてあげる」
そう言って、リールーが右に寄る。
リールーと巨大な瞳は、並んで遠隔視の鏡を覗き込んだ。
赤黒く巨大な瞳の主は、イースたちのいる宮殿を守る、シルバーミスト・ドラゴンである。
ここの守り手は個竜的に失った物が無いので、戦闘に参加していないのだ。
むしろこういう時こそ、宝から離れてはいけない。
テラスの外でホバリングしながら、巨大な頭をテラスぎりぎりまで下ろしている。
シルバーミストたちが叫びながら門を出ていく時も、イースを見つめていた。
リールーとシルバーミストが覗く横で、サンフィルドが溜息をつく。
「おいおい北の魔女が現れたとたん、戦況がひっくり返ったぞっ。
ありかよ、あんなん反則だろっ!?」
「う~ん、強いって分かっていたけど、それでも毎回驚かされるよね。
さて、どうしようか?」
「どうしようかじゃ、ねえよっ。
逃げる一択だろっ!?」
「その通りなんだけどね。
戦闘が終わったら、乗り込んで来るだろうし。
黒妖門は今閉まっているけれど、北の魔女には無駄だろうなあ。
僕も逃げたいけど、どうしたものかな……」
イースはそう言って、すぐそばにある巨大な首を眺めた。
乳白色の硬質なウロコが、びっしりと並んでいる。
ウロコ一枚が、大人の背ぐらいはあった。
サンフィルドもつられて、ウロコを眺める。
「逃げたくても、逃げらんねーって、そんなんありかよっ!?」
イースもサンフィルドも、逃げようと言っている。
しかし逃げられない。
なぜなのか?
それは目の前のウロコの主が、邪魔しているからなのだ。
サンフィルドが、ぐずるイースを何とか説得して逃げることとなり、宮殿内へ引っ込んだ時のことである――
後ろから巨大な瞳が、他の身体部分を霧にして、宮殿内までくっついてきた。
何処へ行くのかと、言わんばかりに付いてくる。
縦に裂けた赤黒い虹彩で、睨んでくるのだ。
イースたちはそれを無視して宮殿を進むが、とにかく何処へ行っても霧なので、迷ってしまった。
宮殿内には誰も居ない。
執事や従者たちは、影の方と一緒に消えたようだ。
招いておいて置いてけぼりとは、どういう事なのか?
文句の一つも付けたくなるが、それを我慢して巨大な伽藍を進む。
すると三人は、いつの間にか霧のテラスに戻ってしまう。
「えっ!?」
「なっ!?」
「はあーっ!?」
イースたちはそれを三度繰り返したのち、これがただの偶然ではないと、体に分からせられてしまった。
「これ絶対に、赤黒い瞳がやってるよな」
サンフィルドが顔をしかめると、イースがうなずく。
「そうだろうね。
宮殿だけに、霧の迷宮かあ」
「なにそれ、面白くないんだけど?
ねえイース、飛んで逃げれないの?」
リールーの問いに、イースが首を振る。
「あの“影の方”が言っていたからね。
ここは上空が歪められて、外から侵入できない。
つまりそれって、内側からも外へ出れないってことだよ。
入り口も出口も、宮殿内を通って行かないと駄目だろうね」
「あっそ」
リールーは余り落胆していない様子で、遠隔視の魔法を発動させて操作し始めた。
見るのは当然、門外の戦闘である。
リールーが熱心に見るものだから、イースもサンフィルドも覗くことになる。
すると、何だか赤黒い瞳も覗き始めて、今に至るのだった。
いつの間にか仲良くなったように見える、リールーとシルバーミスト。
その後ろ姿と頭を見て、男たちは溜息をつく。
「なあイース、他に方法は無いのかよ?」
「そうだねえ、あるとすれば黒妖門を――」
そこで突然、カルウィズの谷に鐘の音が鳴り響いた。
ゴゴオオオオンッ
聞こえる方角は黒妖門だ。
イースは、肩を落として言葉を続ける。
「あんな風に、ぶち壊すことかな」