174 巨大がしゃ地獄の分隊。
霧の中――
ミスト化の防御に、慣れ過ぎたシルバーミスト・ドラゴンは、敵の攻撃を安易に霧となり躱す。
するとそこに大量の瘴気を混ぜ込まれて、体のコントロールを失い崩れ落ちていった。
霧と瘴気は、実に良く混ざる。
シルバーミスト三体が立て続けに倒されると、後続は流石に学習して、ミスト化を止め敵に襲いかかった。
*
朱儀は拳とかぎ爪を交わし合いながら、気持ちが高ぶってくる。
(こーれーっ!)
これこそが、朱儀の求めるもの。
霧となった相手に瘴気を流し込むだけでは、やはり殴る快感が足りないのだ。
朱儀はドラゴンのかぎ爪を躱し、懐に入って眼前の脇腹へ掌打を叩き込んだ。
強靭な鱗で耐えようとも、中へ通った衝撃波は打ち消せない。
表皮の内側で内蔵が激しくたわみ、ドラゴンを苦しめる。
数千年霧だった者が、受肉で味わう物理の痛みで身をよじっていた。
朱儀は無意識に瘴気を流し込んでおり、その苦しみはジワジワと、ドラゴンの機動力を奪っていく。
ドラゴンは口から何か吐き出そうとするが、予備動作があまりにも大きくて、朱儀が簡単に顎を蹴り上げ封じてしまう。
口を開けて溜めの間をとるなど、朱儀からしてみれば何のつもりだと、本気で首を傾げた。
あと一発で、仕留める。
朱儀がそう思ったとき、ドラゴンの後ろから、左右に分かれて別の個体が襲ってきた。
その数、六体。
翼を広げて、見かけによらぬ素早さで回り込んできた。
うち二体が、上空から大きな顎を開けている。
正面の死に掛けを加えて、計七体。
更に別のドラゴン四体が、後ろから付いてくる、がしゃ二体へ襲いかかろうとする。
都合、十一体!
(ふああああっ……!?!?)
朱儀もさすがに、頭が真っ白になった。
どうして良いか分からず、一瞬動きが止まったとき、巨大楽市の口腔から二色の炎が噴出する。
青白い炎三本と、黄緑色の熱線のような炎一本。
それら四本の炎が、十一体のドラゴンに絡み、ひるませた。
朱儀の中に、楽市の声が響く。
(朱儀っ、あんたは、正面の三体だけ集中してっ!
残りはあたしたちが、引き付けておくからっ!)
(あーっ、らくーちーっ!)
霧乃たちの声も聞こえた。
(あーぎっ、これは、かりだよっ! すること、分けてこっ!)
(あーぎっ、うしろは、うーなぎに、まかせろっ!)
(あーぎっ、まめ、やるよーっ!)
(うああっ、みんな、ありがとっ!)
朱儀は巨大楽市を一歩後退させて、魚と獣のがしゃに触れる。
そして動きの遅くなったドラゴンを、力強く指差した。
戦闘中のコンタクトは、これだけで充分だ。
がしゃたちはうなずき、指示されたドラゴンへ襲いかかる。
朱儀が三体を相手にし、動きの鈍くなったドラゴンが一体出れば、指を差して二体のがしゃに襲わせる。
そうして朱儀は、また新しい一体を加えて、三体を相手にしていくのだ。
その間、他のドラゴンは、楽市たちが炎で足止めする。
狩りは、役割分担が大事。
これは霧乃たちが、松永から教わった基本中の基本なのである。
*
指示を受けたスターゲイジーと獣がしゃが、ドラゴンへと襲いかかる。
スターゲイジーが黒い頭を軸にして、尾ビレを真上へと跳ね上げた。
尾ビレは急角度でドラゴンの喉元に入り、鱗を断ち切る。
しかし浅い。
スターゲイジーは返す尾ビレで寸分たがわず、一撃目の傷に刃を滑り込ませ、深く切り裂いた。
ドラゴンはミスト化しようとするものの、体内に巡る瘴気で、霧への相転移を阻害されてしまう。
膝をつくドラゴン。
そこへ獣がしゃが飛びかかり、大きな顎で喉元の切り口へ食らいつき、激しく首を振った。
万力を締めるように、ドラゴンの首が捻り潰されていく。
霧乃と夕凪が近づくドラゴンたちの位置と、炎を吐くべき順番を、楽市と豆福へ的確に伝えていく。
それと同時に朱儀のサポートをこなし、更に自分たちも炎を吐き、ドラゴンを牽制する。
戦いが終わったら、知恵熱が出そうなほどの忙しさだ。
(わーっ、らくーちあっち、出してっ!
そしたら、こっちーっ!)
(分かったっ! 次どっちだっけっ!?)
(まめ、あっち消えてるっ、だせだせ、もっとだせっ!)
(ふぁーっ! ふー、ふーっ!)
楽市へも、霧乃たちから矢継ぎ早に要求がきた。
(らくーち、きりの火に、くろいの、まぜてーっ!)
(待って、行くよっ、はいっ!)プシューッ
(らくーち、うーなぎのにも、まぜろっ!)
(よし、もってけっ!)プシューッ
(まめも、しゅーしゅー、してーっ!)
(まかせろっ、プシューッ!)プシューッ
周りを気にしていると、楽市は自分の手元が疎かになってしまう。
(らくーち、火のほーが、とまってるっ!)
(とめるな、らくーちっ!)
(ふあーっ!)
(あー、ごめんっ、頭がこんがらがるーっ!)
巨大楽市の頭は炎を吐く専用として、朱儀の動きとは関係なく、グリングリン回っていた。
多少体幹バランスが崩れるが、朱儀には許容範囲だ。
頭など飾りなのだよ、である。
朱儀は皆のわちゃわちゃをBGM代わりにしながら、三体を相手に立ち回っていった。
(あははっ)
巨大がしゃ地獄の分隊が、霧の中を進む――