173 楽市、混ぜ混ぜする。
シルバーミストが包囲する中、瘴気の渦よりまず現れたのは、頭部が黒色のスターゲイジーだ。
スターゲイジーは背骨をくねらせ、渦の右脇へ移動すると、頭を高く掲げてその場に直立した。
次に黒色の渦より、四足獣スケルトンがゆっくりと姿を現す。
鼻先と右前足の肘関節が黒く、腰から下が無い。
しかし残る背骨を、第三の足として地表へ突き立てて、“三本足”で歩行している。
そのスケルトンも左脇へ退くと、中央のドス黒い渦が凝集していき、だんだんと人の姿を形作った。
髪の長い、獣の女である。
こめかみに、大きくねじれた角を持ち、
背中には翼、
腰には太い尾が揺れていた。
その巨大な裸身は頭のてっぺんから、足のつま先まで黒く染まっており、肌の至る所に金の流紋が施されていた。
まるで金色の河を、纏っているかのようだ。
明らかに、他の巨大アンデッドとは違う。
両脇に近衛のごとく巨大スケルトンを従わせ、中央で辺りを睥睨する。
その姿にシルバーミストたちは警戒し、つま先をにじり、半円陣形を狭めてく。
*
(らくーち、かくすなー)
(かくすな、かくすなー)
(ぽろん、ぽろん)
(ぽろん、してー)
(わ、分かってるって……これは裸じゃない、これは裸じゃない……)
ブツブツブツブツ
隙あらば色々と隠そうとする楽市に、皆でクギを刺す。
霧乃、夕凪、豆福の三人は、朱儀へ周囲の状況を逐一送っていく。
霧のため全く見えないが、朱儀を含めた四人の感覚野を統合すれば、敵の位置など丸裸なのだ。
その情報は楽市も共有しており、そこから導き出される相手の正体を知り、大いに驚いた。
(えっ、ドラゴンじゃないのこれっ!? 本物ーっ!?)
楽市がヒノモトのガード下で、しょっちゅう遊んでいた、ゲームに出てくるお馴染みのモンスターだ。
超有名モンスターである。
楽市は以前、ナランシアからこの世界にいると聞き、いつか会える事をコッソリ楽しみにしていたのだが……
(ダークエルフといいっ!
何でこうも、会うと最悪なんだっ!
あああ、もうっ!)
楽市は更に送られてくる情報へ、既視感を覚えた。
(んんっ?)
しかしそれが何かなど、考えるのは後回しにする。
今は、眼前の敵を殲滅だ。
それだけである。
(朱儀っ、囲まれてるよ、気を付けてっ!)
(うんっ)
朱儀は楽市の忠告にうなずき、巨大な手を動かして両脇に立つ、がしゃたちに触れた。
言葉と同時に、心象を送り込む。
(あーぎの、うしろ、ついてきてっ!)
朱儀はそう伝えると、霧の中を右に走った。
相手の陣形に付き合ってやるほど、朱儀はいい子じゃない。
まずは、右端の奴から始末していく。
朱儀は霧乃たちのサポートで、霧の中でも相手の位置が分かる。
それは向こうも同じで、こっちが分かるらしい。
朱儀に合わせて、動く様子が感じられる。
朱儀は腰までしかない木々を押し分け、敵陣の端に突っ込んだ。
乳白色の霧の中から、唐突に相手の姿がのぞく。
霧の中に溶け込むような、白いドラゴンである。
それにやたらと、デカかった。
下げた首が、朱儀の頭一つ分上に浮かんでいる。
朱儀はその全身に白い鱗がハッキリと見えたとき、繰り出す右拳を、とっさに掌打へと切り替えた。
外部を破壊する拳とは違い、手の平を相手に向けた掌打は、表皮を通してその打撃エネルギーを内側へ押し込み、内臓を破壊する。
白いドラゴンはなぜか構えようとも、逃げようともしない。
朱儀は構わずにドラゴンの中心線、みぞおちに向かって右の掌打を、捻り込むように叩き込んだ。
しかし叩き込んで、伝わってくるはずの衝撃が腕にこない。
(んーっ!?!?)
他の子供たちも、手応えの無さに驚いている。
(あれっ!?)
(ぬけたーっ!?)
(わーっ!?)
見ればドラゴンの胴体部分が、丸ごと無かった。
まるでそこだけ霧に溶け込み、消えたみたいだ。
手応えが無さ過ぎて、朱儀はそのままドラゴンにぶつかってしまう。
その両肩を胴の無いドラゴンが、鋭いかぎ爪でガッシリと掴む。
(つうっ!)
朱儀がその痛みに顔をしかめていると、ドラゴンが長い首を朱儀の真上に定め、その大きな顎を開き始めた。
朱儀を丸かじりするかと思えば、そうではない。
朱儀はその口腔の奥に、ただならぬ力が集中するのを感じた。
(あーぎ、何かくるっ!)
(やばい、やばい、やばいっ!)
(ふあー、あーぎーっ!)
霧乃たちがイキナリやられたと思ったその時、ドラゴンの口腔に集中した力が、フッと消える。
その首が顎を開けたまま、朱儀の肩にしな垂れかかった。
両肩を掴んでいた腕も、爪が引っかかっているだけで、力が入っていない。
(んーっ、あれ、しんだっ!?)
(しんでるっ、何でっ!? あーぎ、何したのっ!?)
(えっ、えーっ? してないよっ!?)
(ふあーっ!?)
(みんなっ、ホッとするのはまだ早いよっ! 次がくるっ!)
霧乃たちが驚き、心象内で楽市を見る。
楽市が、何かやったらしい。
(ふんっ、こいつ、幽鬼みたいな真似するんだね。
胴はあるけど、そこが霧状になってる。
だからそこから、瘴気を思いっ切り混ぜ込んでやったのっ!)
(わーっ、らくーちっ!)
(よくやったっ、らくーちっ!)
(らくーちっ、ありがとっ!)
(ふあー!?)よく分かってない
(みんな、これからだよっ!
こいつら全部、ギッタギタにするよっ!)
((( おーっ! )))
(ふおーっ!)