172 あはは、らくーち、だーいすきっ!
濃淡の揺らぐ霧に、ドス黒い瘴気が広がっていく。
巨大アンデッドから滲む瘴気とは、別物と言っていい。
特濃過ぎるのだ。
シルバーミスト・ドラゴンたちは、己の身体と精神が瘴気に抵抗しきれず、体力と気力がジリジリ擦り減って行くのを感じた。
彼らの前に現れた者は、間違いなくカルウィズを襲う、巨大アンデッドの将であろう。
もうスケルトンで、遊んでいる場合じゃない。
シルバーミストはホバー走行を温存しながら、黒い太陽を囲むため、霧の中でゆっくりと半円陣形を構築していく。
*
「よくもがしゃを、やってくれたなっ!
よくもっ、よくもっ、よくもっ!」
楽市は、激情に身を焦がしながら吠えていた。
仲間を奪われることに、何よりも激しく反応してしまう。
自分から吹き出る特濃瘴気が、頭蓋骨の中にミッチリ詰まり、前が全く見えないのだがそんなことは構わない。
闇の向こうにいる相手へ、吠え散らかした。
「この、この、この、この、このおーっ!」
真っ暗な中でテンションが上がるのは、楽市だけではない。
大量の瘴気を浴びて、霧乃たちもまた吠える。
「うひゃーっ、らくーち、でたーっ!」
「いけいけっ、もっと、出せーっ!」
「ふーっ、ふーっ、ふー……」ゾクゾクゾクッ
「ぶああーっ!」
ぶっほーっ!
朱儀などはこれから始まる暴力への期待で、鼻血が出そうになっている。
パーナとヤークトは始めて体験する、源泉垂れ流しのような状態に、大いにのぼせた。
とっくに鼻血だって出ている。
「ふあー、何ですかこれっ!?
私どうなっちゃうんですかー、ふああっ!?」
「ラクーチ様っ、これは凄いですっ。めちゃくちゃ効きますっ、キマッてますっ!」
楽市はパーナとヤークトの音程が外れた声で、少し我に返った。
「ごめんっ、降ろすよゆう無かったっ!」
「大丈夫ですラクーチ様っ、このまま行っちゃって下さいーっ!」
「あたしたちの事は気にせず、どーぞこのままっ!」
「でも、がしゃの頭が動くと、中で大怪我しちゃうって!」
暗闇から返ってくる二人の声は、キーが一つ上がっている。
何か薬でも、やっているかのようなテンションだ。
「大丈夫ですーっ、こうしますっ!」
「ラクーチ様っ、こうですっ!」
「「 白詰草っ! 」」
二人がユニゾンで魔法を唱えると、壁に取り付けてあったツタの網棚から、大量の新芽が飛び出す。
そこから巻きひげが伸びて、角つきの頭蓋内にミッチリと詰まった。
まるで頭蓋に、スポンジを詰め込んだようだ。
霧乃たちが、いきなり草に覆われて慌てている。
「なーにこれーっ!?」
「すごい、くさくさいっ!」
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」まだかなっ
「あははっ、すーごーいーっ」
「なっ!?」
「ラクーチ様っ、これは割れ物を運ぶための、梱包材に使う魔法ですっ。
これで、あたしたちは大丈夫ですっ」
「でもっ……」
ヤークトの説明に、楽市がなおも難色を示すと、特濃瘴気に酔ったパーナのキーの外れた愛が炸裂する。
「ラクーチ様ーっ、私はどこまでも一緒にいたいのですっ!
主が戦っている時にただ待っているだけなんて、なんと身の裂かれる思いがするのでしょうかっ!
まさに血の涙っ!
始めてお食事した時、私は心に決めましたっ。
しっかり付いて行こうとっ!
ラクーチ様ぜひこのパーナもお連れ下さいっ!
地の果てまでもっ! どこまでもっ!」
暗闇から聞こえるパーナの独白に、楽市はポカンとした。
これほど慕われているのだから、喜ぶべきなのだろう。
しかし少し……ほんの少しだけだが、重いなーと思って……
「あっ、うん分かった……無理だったらすぐ言ってよねっ」
「ありがとうございますっ!」
「ありがとうございますっ!」
楽市はうなずき、霧乃たちに声をかけ、角つきに取り憑いていく。
取り憑いたと同時に、頭蓋内へ瘴気の触手を伸ばして、パーナとヤークトそして松永の首筋に差し込んだ。
「えっ!?」
「ラクーチ様!?」
ぶほっ
首筋を通して、楽市の声が聞こえる。
(暗闇で、何も見えなかったら怖いでしょ?
だからあたしが、見ている物を送るから)
「あっそれはっ!」
「ウーナギさんが、してくれた魔法っ!」
ぶほっ
*
朱儀たちが、角つきの稼働チェックをしていると、楽市が皆に声をかけた。
(みんな、これはトリクミじゃない。
全力で、仕留めにいくよっ!)
楽市の気迫が本気モードだ。
(わーっ、らくーち、いいのっ!?)
(やったぜっ、らくーちっ!)
(うーっ、まめ、がんばるっ!)
リミッター解除。
殺戮許可。
朱儀の欲していたものが、全て揃った。
朱儀は、以前思ったものだ。
いつかこの力を使って、全力で敵を殺してみたいと――
(あはは、らくーち、だーいすきっ!)