017楽市、こまる~殲滅実験~
楽市の心配は、杞憂におわる。
回復した獣人兵は楽市に抗うことなく、その前にかしずいた。
十二人の獣が楽市へ首を垂れる。
暴れるのも困るが、そう畏まられても困った。
「うーん……」
パタパタ……
楽市の小さな呻き声に、獣人兵たちの耳がパタパタと反応する。
恐らく楽市の言葉を、待っているのだろう。
見ると何人かの肩が震えている。
これは体力が回復せず、震えている訳ではない。
楽市が恐ろしいのだ。
楽市にストーンゴーレムを、軽々と投げられたのだから無理もない。
あれは、楽市自身も驚いているので、出来れば誰かに、話を聞いて欲しい。
しかし、それは今じゃない。
あの尻尾のお陰で、目の前の獣人兵は、震えて大人しいのだから。
獣人兵が暴れたら、いつでもあの尻尾で殺すと脅していた方が良い。
楽市は尻尾以外にも、この地について聞きたいことが山ほどある。
しかし聞けなかった。
せっかく色々と聞けそうな相手が見つかったのに、悪党には聞きたくない。
「うーん……」
パタパタパタ……
いったい悪いヤツから聞く情報は、正確なのだろうか?
こいつは何も知らない――とか思われて、向こうに都合の良い事ばかり、聞かされるかもしれない。
「ちっ……」
パタパタパタパタパタパタパタパタッ!
やっぱり情報は、悪党以外から聞きたいものだ。
それでも最低限の尋問は必要だと、楽市は思う。
――尋問ってどうすれば良いんだろう。
「んー……」
パタパタ……
――こんなとき兄さまなら、どうするのだろうか?
「はあ……」
パタパタ……
傍にいない兄を思い、心が沈む。
すがり付きたい気持ちから、空を眺めた。
しかしこっちじゃないと気付き、地面を恨めしそうに見る。
楽市がそんな事をしていると、向こうから声をかけて来た。
いつまでも呻く楽市に、耐えられなかったのだろう。
最前列の獣娘が、おずおずと話す。
「あの……あなたは……一体……」
楽市が、初めに助け起こした娘だ。
明るいオレンジ色の毛並みで、愛らしい顔をしている。
大人しそうな見た目とは裏腹に、露出の多い大胆な皮鎧を装備しており、同性の楽市でも目のやり場に困った。
さてこの獣娘へ、正直に名乗っても大丈夫だろうか?
少し考えてから、霧乃たちも見ていると思い――嘘ついてる所を、見られるのはちょっと嫌――構わないと考える。
「あたしは楽市。そっちは?」
「失礼いたしました。私は獣衆を束ねる、ナランシアと申します。
以後、お見知りおきを」
楽市は、お見知りおきなどしたくない。
出来ればさっさと消えて欲しい。
楽市はそう思ったものの、少し興味が湧いた。
この大人しそうな娘が、部隊を束ねる者だと言う。
見かけによらないと感じ、いや妖しの見かけほど、不確かなものは無いと考える。
見れば他の獣人兵は、ナランシアと違い毛並みが黄色かった。
身に着けている装備は、それほど変わらない。
何か色による、階級分けでもあるのだろうか?
とにかく最低限の事は聞き出そうと、楽市は考えた。
「お前たちは、どこから来たの? 何をしに来たの?
噓は許さないわ。喋りなさいっ」
言葉と一緒に、尻尾を大きく膨らませて見せる。
今は可愛らしい尻尾だが、獣人兵には先ほどの暴れてうねる光景が、頭によぎるだろう。
ナランシアは、尻尾に気を取られながら答えた。
「……私どもは、南にあるハインフックへ駐留する部隊の者です。
今回は、森の殲滅実験の供として参りました」
「はっ、実験!?」
「はい」
殲滅実験!?
楽市は心の中で叫ぶ。
――なんだよっ、その物騒なワードは!? この森を焼き払うっていうの!?
楽市は、さらっと言われた短い言葉に眩暈がした。
これは絶対に、色々聞き出さなくてはマズイ。
しかし、まともに答えるだろうか?
さっきから妙に、従順なのが気になる。
周りは仲間の死体だらけなのに、楽市を睨むこともしない。
単純に楽市が怖いから?
何か従順さが逆に怪しくて、罠のような気がしてならない。
「むーっ」
パタパタパタパタッ
これ以上の裏読みは、長年怠惰に生きてきた狐には酷だった。
しかし…
「あ」
パタパタ……
楽市は、良いことを思いついた。