168 選択肢など、あるはずが無いのだ。
黒妖門の外では周りの霧を巻き込んで、横倒しの竜巻がうなりを上げていた。
数は五本。
その中心には、高速回転する五体のスターゲイジーが収まっている。
狙いは、黒妖門突破だ。
既に一体が、黒妖門に綺麗な風穴を開けていた。
フィイイイイイイイインッ
回転音が急速に高鳴り、準備の整ったスターゲイジーから飛び出していく。
カーーーーーーンッ
カーーーーーーンッ
カーーーーーーンッ
カーーーーーーンッ
カーーーーーーンッ
スターゲイジーは意外と几帳面で、最初の一体が開けた穴に合わせて、穴を穿っていった。
白い穴が丸く並んでいる。
ここに楽市がいたら、レンコンの穴みたいと言うだろう。
壁を突き抜けたスターゲイジーたちは、満足気に地表でピチピチと跳ねている。
それを見て、影の怒気が爆発した。
「馬鹿馬鹿しいっ、有り得ないっ!」
自慢の門を簡単に突破された影は、
視界が赤く染まるほど怒りに震え、
のけ反り、
喚き散らした。
まるで、子供のようである。
いや、建国世代のダークエルフなので、自制心の効かない高齢者といった所か?
ダークエルフは見た目で年齢が分かりづらく、ややこしい。
「馬鹿な、黒妖門を何だと思っているっ!
貴様らのような汚らしい化け物が、どうこうして良い代物じゃ無いんだぞっ!
どれだけの歴史的な年月を、積み重ねてきたと思っているんだっ!」
あまりに目の前の出来事を認めたくないばかりに、怒りに任せた唐突な昔話が始まろうとしていた。
前後の繋がりを無視して、昔話を行えるのは、長い年月を経た高齢者の強みだ。
黒妖門を建設するために、どれだけの手間と労力を注ぎ込んだか、四千年前の出来事から話し始めている。
まあこれも、形を変えた自慢話と言えるだろう。
影は誰に聞かせるわけでもなく、黒妖門に向かって喚き続けた。
影の周りで霧が吹き荒れ、イースたちの髪を激しくなびかせる。
その怒りは周りの者を、圧倒するほどの迫力があるだろう。
あるはずなのだが、何分にもイースたちは北の魔女の戦闘を、何度も間近で見てきたばかりに、そこら辺の感覚が馬鹿になっていた。
緊張しながらも、喚く横をジリジリと移動して鏡に近づく。
イースたちは、勝手に遠隔視を操作し始める。
三人はくっつき合って鏡を覗き、巨大スケルトンを観察した。
「何だか、星への眼差しに似てるかも」
リールーがつぶやくと、サンフィルドが目を向く。
「まじかよ、スターゲイジー何て下手すりゃ、籠で飼われちまうほどの最弱アンデッドだぞっ!?」
実際に知られているスターゲイジーは、全長十五センチ程しかない。
とてもレアなスケルトンなので、好きな者にとってはペット対象になり得る。
「だって、そっくりでしょ」
「いや、だけどさあ……まじかっ!?」
「北の魔女は、何らかの方法でアンデッドを巨大化して、使役しているのかな?
凄いものだねえ」
イースが感心すると、リールーが何度も頷く。
サンフィルドには心なしか、リールーが北の魔女を褒められて、喜んでいるように見えた。
多分、気のせいだろう。
「あたしたちには、ちょっと出来ないよねっ」
「僕たちの、魔法大系とは違うね。
獣人たちの物とも違う。
レッサーサイクロプスのとも違う。
一部のエルダーリッチが使う、古い型とも違う。
う~ん、何だろうね?
この大陸には知られていない、未知の魔法かあ……」
「ねえイース、もっと近づけて」
「そうだねリールー、もっと近くで観察しよう」
イースが手をひらひらさせると、鏡の映像がゆっくりと拡大していく。
すると操作する手を、サンフィルドが掴んだ。
「まて、イース」
「ん、どうしたんだい?」
サンフィルドはイースの手を掴んだまま、真っ赤な上着から、ミスリル製のバングルを取り出した。
細やかな細工が施されており、そこにはめ込まれた八つの青い宝石が、淡く輝いている。
腕に付けると青い光が漏れ出し、装着者のサンフィルドを包み始めた。
「イース、鏡はまずい。
これの理屈は、千里眼と似ている。
近付けるのは危険だ。
イースとリールーは、バングル置いて来ただろ」
「あっ」
遠隔視は、離れた場所の景色を見る魔法だ。
千里眼と違うのは遠視距離が短いのと、あらかじめ設定した範囲でないと、使えないところである。
イースはサンフィルドを見て、はにかんだ。
「あー、サンフィルドも持って来たのかい?」
イースはお尻のポケットから、バングルを取り出す。
「これには、随分と助けられているからね。
今じゃ、持っていないと落ち着かないんだよね」
「イースも、持って来たのか」
礼服には合わないということで、やんわりと宮殿の執事に外せと言われたのだが、イースとサンフィルドはコッソリ持って来ていたのだ。
イースが笑うと、サンフィルドが肩をすくめる。
二人は隠し事が見つかったような、照れくささでリールーを見た。
するとリールーが面白くなさそうに、胸の谷間からバングルを取り出す。
「このドレスには絶対に合わせたくないけど、あたしもヌイグルミみたいに手放せないかも」
結局三人とも、コッソリ持って来ていたらしい。
イースとリールーがバングルをはめると、青い光が二人を包み込む。
リールーは、イース越しにチラリと“影”を見た。
相変わらず、黒妖門に向かって喚き散らしている。
視線を戻し、イースにささやく。
「これからどうする?」
「う~ん、そうだねえ……」
サンフィルドは嫌な予感がする。
二人の会話がおかしい。
サンフィルドからしてみれば、選択肢などあるはずが無いのだ。
またここに留まろうとか言い出す前に、サンフィルドは釘をさす。
「イース、リールー、逃げるに決まっているだろっ」