167 真っ赤に輝き、ピチピチと跳ねる。
巨大アンデッド・がしゃの眼窩には、たとえ霧で視界が悪かろうと、青い光点がハッキリと見えていた。
陰鬱な林に住む獣たちは、がしゃたちが近づくにつれ、見る間に生命の輝きが減衰し、消えかける寸前まで弱くなる。
その中で、ダークエルフの命だけは光を損なうことなく、がしゃたちの前で憎々し気に輝いていた。
光点は無数に煌めき、まさに地上に横たわる天の川だ。
東へ進むほどに天の川は、別の天の川と合流して大きくなっていく。
それと同時に、がしゃたちもまたそうだ。
追いかけるほどに、あちらから一体こちらから一体と、はかばーの顔なじみが増えていった。
気持ち的に言えば旅先でバッタリと、仲間に会ったという所か?
がしゃたちのテンションは、憎しみとはまた別の、盛り上がりを見せていた。
さあ、みんなで一狩りいこうっ! である。
そんなテンションを、台無しにする輩が現れた。
いや、“現れたようだ”と言った方が正確か?
がしゃの視覚に移る天の川が、急に乱れ始めたのだ。
天の川に幾つもの黒い空白が、ポッカリとできる。
そこから光点が一つ、また一つと、消えていくのだった。
それは、生者の死を意味している。
そのうち天の川が乱れに乱れて、一斉に空へ飛び立っていった。
飛び去る光はしばらく飛んでいたものの、次々と力尽きたかのように、落ちてしまう。
落ちた先では光がすっかり弱くなり、ポツポツと消えるものもある。
がしゃたちは、仲間内のテンションがすっかり冷めてしまった。
その悲惨な光景を見て、呆然とたたずんでしまう。
そして、がしゃたちは皆思うのだ。
それを、言葉に置き換えれば、
――何してくれてんだコラッ! である。
どこの誰だか知らないが、折角の楽しみ(憎しみ)を邪魔する奴らがいる。
――その悲惨な光景は、俺たちのものだろっ!
そうがしゃたちは、思ったものだ。
こうして奇妙なことに、がしゃ軍団は現場に駆けつけて、ダークエルフを助ける“援軍”となったのだった。
自分たちの楽しみ(憎しみ)を守るため、巨大アンデッドが黒妖兵へ襲い掛かる。
この間ダークエルフなどは、そっちのけとなった。
これはダークエルフにとって、絶望中の幸いと言えるだろう。
チャンスだ、ダークエルフっ!
逃げろダークエルフっ! 地の果てまでっ!
*
その頃――
カルウィズ天領地の奥まった地に建つ宮殿では、イースたち三人が影と共に、空中に出現させた魔法の鏡、“遠隔視”を見つめていた。
それを使い、黒妖門の戦闘を眺めようという訳である。
ゴンゴンゴンと鳴る戦闘音だけでは、想像を搔き立てられて、ヤキモキしてしまうのだ。
四人でジッと鏡を見つめる。
しかし、鏡に映るのは白い霧のみ。
影は手を一振りして、魔法の鏡を消した。
「んー、全く見えないね。
さすが、カルウィズの霧だね」
影がガッカリしているのか、していないのか、良く分からない感想をのべる。
それに対して、イースは何も言うことはない。
そうしている間にも、相変わらず霧の向こうから鐘の音が聞こえてくる。
影が苛立たし気に、頭をゆらした。
「んー、これじゃ、つまらないな。
少し薄くするかあ」
そう言って影は、空に向かって手をかざす。
すると周りの霧が、少しづつ晴れてくるのだった。
イースたちのいるテラスから、うっすらと黒妖門のシルエットが見え始める。
「これは……ただの霧では、ないのですね」
「んー、まあね、詳しくは言わないよ」
辺りの霧は薄くなっているのに、影の周りだけは濃いままだ。
それも影が、調節しているのだろう。
イースの硬い表情を見て、影が笑う。
「ふふふ、んーそんな心配そうな顔を、しなくても良いと言うのに。
霧が少し晴れたからといって、どうこうはならないよ。
ここの防衛を信じなよ。
詳しくは言わないけど、門自体には色々と、防衛魔法が施してあってね、
まずここを、壊せる者はいないよ。
それにね詳しくは言わないけどね、だからと言って門を飛び越えても無駄なんだ。
入ろうとすれば空間がねじ曲がって、元の外へ出てしまうんだよ。
くくく……」
詳しく言えないと言っておきながら、黒妖門自慢が止まらない。
「くくく……だからさ上空から攻撃なんてしたら、それが全て自分に跳ね返ってしまうのさ。
あっ、詳しくは言えないよ。それでね……」
カーーーーーーンッ!
「んー?」
折角の黒妖門自慢を、邪魔する音が響いた。
それは甲高く硬質で、空高く突き抜けるような音。
それが、カルウィズの谷中に響いていた。
「んー、今度は何の音だね? イース・エス?」
「ぼ……私にも分かりません」
「ああっ、あれを見てイースっ!」
リールーがイースの袖を引き、薄く晴れた先にある黒妖門を指さす。
黒妖門は変わらずに、黒くのっぺりした表情を、霧の向こうから見せていた。
しかし、一か所だけ違う所がある。
小さな小さな、丸くて白い模様が一つ。
その、のっぺりした表面に、丸い模様が一つ現れているのだ。
イースたちの場所からでは遠くて、ただの点にしか見えない。
「あれは……穴?」
イースのつぶやきに、影が強く被せた。
「そんなはず、無いだろっ」
影は苛立ちながら、再び“遠隔視”を出現させる。
影が鏡を覗くと、それは確かに穴だった。
門の真ん中に、直径八メートルほどの穴が開いていた。
裏側から陽光が、霧の粒子へ複雑に反射して、穴をぼんやりと白く浮き立たせている。
そして影は、奇妙なものを見た。
穴から少し離れた地表に、巨大な魚の骨が転がっているのだ。
それは、頭部が真っ赤に焼けて輝き、
ピチピチと跳ねていた――