166 はかばー産、 極悪アンデッド軍団!
黒妖兵は六十メートルの壁を、カチカチと音を立てて登り切り、霧の中へ躊躇なく飛び降りていく。
落下スピードにより、七メートル級ストーンゴーレムの、エッジの効いた身体が風切りの音をたてた。
着地する直前、霧の中に巨大な異物を感知する。
黒妖兵は身体を限界までねじり、その反動を利用して、自身のブレードを異物へ叩きつけた。
ザンッ ザザンッ ザンッ
ダークエルフの掃き掃除に、夢中になっていた星への眼差しは、霧の中に幾つもの落下音を感知する。
――上から、何かくるギョッ?
スターゲイジーは、見上げるため扁平な頭を傾けた。
その瞬間、霧の中から振り下ろされる、黒い切っ先をみる。
スターゲイジーは咄嗟に背骨をねじり、尾ビレを真上へ跳ね上げた。
ギイイイイィインッ
二つのブレードが空中で打ち鳴らされ、火花が散る。
黒妖兵自身の質量と、落下スピード。
そこへ身体のねじりを利用した、打ち下ろしのスピードが合わさり、黒妖兵の刃が、スターゲイジーの尾ビレに打ち勝った。
尾ビレを弾かれたスターゲイジーが、軸足として使った頭で、たたらを踏んだ。
スターゲイジーは逆さのまま、襲ってきた黒妖兵を睨みつける。
スターゲイジーは逆さの景色の中で、正面の敵以外にも、霧の中に多くの気配を感じ取った。
どうやら、取り囲まれているらしい。
スターゲイジーに、逃げ場はなし。
ギィンッ ギィンッ ギイイィンッ
深い霧の中、至る所でブレードとブレードが、打ち鳴らされ始める。
六体のスターゲイジーが、頭を軸にして回転蹴りを放つ。
その動きは、遠心力を殺さず円運動を繰り返し、留まることなく尾ビレを繰り出していた。
スターゲイジーの起こす尾ビレの暴風圏は、直径三十メートルのミキサーとなる。
対する二百体の黒妖兵も、
頭と手足、
都合五枚のブレードを唸らせて、休むことなく切り掛かった。
切り結びは互角。
ただし軽量な黒妖兵が打ち合う度に、霧の向こうへ吹き飛ばされてしまう。
不利と判断した黒妖門防衛網が、追加として三個中隊(六百体)を投下する。
この間、地表にいるダークエルフは、逃げ惑い散り散りとなっていた。
結果的にではあるが、ダークエルフに八百体の援軍が来たわけだ。
ダークエルフには、幸運といえるだろう。
しかしこの援軍は、全くダークエルフの事を気にしてくれない。
尾ビレで跳ね飛ばされた黒妖兵は、ダークエルフを避けることなく、その上へ落ちてくる。
そして足元を気にせず、跳ね上がるように立ち、ダークエルフを踏みつぶしながら、再びスターゲイジーへと向かうのだ。
ダークエルフたちは我先へと、魔法で飛び立っていった。
スターゲイジーへ、蟻の如く群がる黒妖兵たち。
八百体に膨れ上がった敵に対し、スターゲイジーは堪らず戦法を切り替える。
尾ビレで切り伏せるのではなく、尾ビレの面を使い、黒妖兵を吹き飛ばしていく。
あるいは下から掬い上げて、思い切り投げ飛ばした。
尾ビレが黒妖兵を打ち上げる度に、ゴオオオンッ ゴオオオンッと、鐘の音が鳴り響く――
*
霧深いカルウィズ天領地。
そこへぞくぞくと、ダークエルフ軍が集まりつつあった。
後ろから巨大アンデッドに追い立てられながら、霧に包まれたうら寂しい林を踏破する。
目的地は近い。
先頭を行くダークエルフたちの顔は、疲労困憊ながらも、生存への希望で満ちあふれている。
しかし近くなるにつれ、奇妙な音が聞こえるようになった。
ゴオオン……
ゴオオン……
ゴオオオン……
教会の鐘の音に近いが、それにしては不規則に打ち鳴らされ、聞く者を不快にさせた。
一体何のために、鳴らしているのか?
耳を済ませるダークエルフの周りが、ふと暗くなる。
何の陰かと上を向いたとき、巨大な黒妖岩が彼の上に落ちた。
ドゴンッ ズドオンッ ドドオオンッ
ねじくれた木々の林に、広範囲にわたって、沢山の黒妖岩が落ちてくる。
そして落ちた黒妖岩が、何事もないように立ち上がるのだ。
「なっ、動いた!? ストーンゴーレムかっ!?」
「なぜ、こんな所に落ちてくるっ!?」
騒ぎ立てるダークエルフ軍の中で、黒妖岩は辺りを見回す。
先程まで、切り結んでいた巨大な異物がどこにもいない。
ただ足元に、多くの小さな異物がいた。
黒妖岩の仕事は、異物の排除である。
黒妖岩は何のためらいもなくターゲットを変更して、異物排除を続行した。
思わぬ場所が、広範囲に渡って修羅場と化す。
ダークエルフの顔に浮かんだ希望の光が、絶望の色へと変わった。
そして厄介なことに、さらなる絶望が後方から追い付いてくるのだ。
それは、はかばー産極悪アンデッド軍団と呼ぶべき代物で――