165 もっと透明で、サラサラしています。
ゴオオン……
ゴオオン……
霧のカルウィズで、響く鐘音。
これが何か時を知らせる鐘の音ならば、霧に溶け込むようなその音色に、耳を傾けるのも良いだろう。
カルウィズの幽玄な景色を、更に味わい深くしたかもしれない。
だがしかしである。
鐘の音はリズムも何もなく不規則に打ち鳴らされ、聞くものを不快にさせた。
ただ乱打しているだけだ。
それも鐘は複数あるらしく、それが周りを気にせず打ち鳴らされてる。
ゴゴオンッ
ゴッゴオンッ
ゴゴゴゴオオン……オンオン
これはもう、ただの嫌がらせでしかない。
「なっ、あの音はっ!」
「うそでしょっ!?」
「なんでだっ!?」
鐘の音を聞き、急にイースたちが取り乱した。
それを影が不思議がる。
「あの音を知っているのかい、イース・エス?」
「あれは北の魔女が使役する、巨大アンデッドの攻撃音です。
しかし、なぜここにっ!?
いやそれよりも、ここまで接近されて、なぜ何の知らせもないっ!?」
イースはカルウィズ天領地の、防衛網の杜撰さに驚かされた。
「んー、ここはね、防衛が全自動なんだよ。
夏しか使わないからね。
それに一々警報など鳴らしたら、せっかく寛いでいるのに、無粋というものだろう?」
「うっ……そ、それは……」
何言ってんだコイツなんて、口が裂けても言えない。
「イース・エス、そんなに心配かね?
ここの防衛網は、なかなかの物なんだよ。
しかしそうか、北の魔女のアンデッドか……んー、くくくっ」
*
全長十五メートルの、はかばー産の星への眼差しが、ちらりと黒妖門を見上げる。
霧のため、門の上部は見えない。
しかし、かなりの高さがあると感じた。
実際スターゲイジーの四倍、約六十メートルの高さを誇る門である。
これは一体何だろうか?
――でもまあ、そんな事より生者いびりだっ!
スターゲイジーはそう思った。
魚型の巨大スケルトン六体は、ダークエルフ軍を見下ろす。
黒壁にピタリと寄り添い、ツブツブした苔のように見えるソレ等を、尾ビレを使い掃き集めていった。
一掃きするたびに、ダークエルフの骨が砕けていく。
たまらずに、魔法で飛び立つダークエルフたち。
しかしそれを、スターゲイジーが尾ビレを虫タタキのように使い、打ち落としていった。
下段タタキからの、頭を地につけ背骨をしならせながら、中段から上段への連撃タタキ。
上がり切った尾ビレを、一気に振り下ろすタタキなどが、流れるように繰り出さた。
スターゲイジーのタタキ蹴りは、勢い余って黒妖門も一緒に叩いてしまう。
ゴオオンッ
ゴオンッゴンッ
ゴッオーンッ!
その看過できぬ、振動を感知した黒妖門防衛網は、門の裏に設置してある“黒妖兵”を起動させた。
黒妖兵は、黒妖岩を使った人型のストーンゴーレムである。
全長七メートル。
各部を構成するパーツは、石器ナイフのような形状をしている。
頭や手足が、鋭利な刃物となっていた。
黒妖兵はそれらを鉈のように振るい、対象物を断ち切り惨殺する。
黒妖門は、黒妖兵一個中隊(二百体)を放出した。
黒妖兵たちは高さ六十メートルの門を、カチカチと音を立てて登り切り、霧の中ちゅうちょ無く飛び下りてスターゲイジーへと降り注いだ。
*
角つきがしゃが、飛んでいる――
朝ご飯を食べ終えた楽市たちを乗せ、東へと向かっているのである。
角つきの肋骨の内側には、食べきれなかった大トカゲが、細かく部位に分けられて吊るされていた。
飛行中の風で、ほどよく水分が抜けてくれるだろう。
頭蓋内では子供たちが松永の腹に、背中をあずけて足を投げ出していた。
四人の目がちょっとトロンとしているのは、お腹いっぱいの証拠である。
そのわきでは楽市が、網棚をどこへくっつけるか悩んでいた。
豆福が呼び寄せた新しい森で、北の森産のツタが手に入ったため、楽市がさっそく編んで作ったのだ。
「うーん…どうしよ」
楽市は迷ったあげく、右の内壁へ取り付けることにする。
楽市が三歩下がり全体を見ながら、網棚をもつパーナとヤークトへ指示を出す。
「あ、パーナ、もうちょっと上かな?
うんそう、いいね水平になった。
二人とも、そのままちょっと抑えていてね」
楽市はそう言うと、松永でくつろぐ豆福の脇を抱えて、網棚までもどってくる。
豆福の顔を、網棚と内壁の接点へ近づけた。
「ほーら豆福、ふーだよ。
ふーふーしてー」
「うにゅ?」
「ほーら、ふーふーって」
豆福はわけも分からず、ふーふーする。
「ふー、ふー」
すると息を吹きかけられたツタから、新しい“巻きひげ”が伸びて、先端が吸盤となり壁にくっつくのだった。
そこへすかさず楽市も息を吹きかけて、ツタの強度を上げしっかりと固定するのだ。
パーナとヤークトが、それを興味いっぱいの目で見つめる。
「ラクーチ様の魔法は、不思議ですね。
私たちの使うドルイドと似ていますが、何だかこうもっと透明で、サラサラしています」
「ん?」
ちょっとパーナの表現が抽象的すぎて、楽市にはピンと来なかったが、まあそれもし。
「あたしのも、魔法なのかな?
うんまあ、魔法と言えば魔法か。
あっそうだ、パーナ、ヤークト。
今度あたしに、ドルイド魔法を教えてよ。
何だか色々できて、便利そうだし」
特に獲物の血液から、塩分を結晶化させる魔法はぜひとも覚えたかった。
「えっ、あたしたちが、ラクーチ様に教えるのですか!?」
ヤークトがビックリして、目を丸くする。
「えっ、だめ?」
「いえ、駄目だなんてそんなっ、あのその……ごにょごにょ」
ヤークトの顔が真っ赤になり、最後の方はごにょごにょして、良く聞き取れなかった。
となりのパーナも、顔が赤い。
楽市は、そんな様子に戸惑ってしまう。
パーナが、おずおずと答えた。
「あの……魔法を個人的に教えるというのは、その姉妹の契りを交わすという、意味もありまして、
その……私たちとラクーチ様が、姉妹という事になって…………はい、なってしまいます」
「へー、姉妹かあ」
楽市は姉妹と聞いて、ふと桔梗を思い出す。
桔梗はまだ楽市がヒノモトにいたとき、楽市のことを慕って、
楽姉さまー、
楽姉さまーと、
楽市の後ろを、くっついていた白狐である。
楽市はそんな桔梗が、可愛くてたまらなかった。
最後に見たのは、この地へ来た嵐の日。
黒く巨大化して、変わり果てた姿で――
「ラクーチ様?」
楽市が急にぼんやりしたので、パーナが覗き込む。
「あ、ごめん、ちょっと考え事しちゃった。
ねえ……パーナ、ヤークト」
「はい、何でしょうか?」
「はい」
「やっぱあたしのこと、“ラク姉さま”って呼んでみない?」
「ええーっ!?」
「そんなっ!?」
「あはは」
慌てる二人が面白くて、ついついからかってしまう。
しかし、半分本気である。
楽市が笑っていると、角つきがゆっくりと後ろを振り返えった。
「ん? がしゃ、どうしたの?」
楽市が、眼窩から外を覗く。
「あっ」
楽市が見たものは山頂で横たわる、魚がしゃの姿だった。
何だか山肌に寄りかかり、頭をフラフラ動かして酔っぱらいのようである。
角つきが飛び立つとき、魚がしゃも慌てて空を泳ぎ付いてきたのだ。
楽市がいくら言っても帰らないので、少し放っておいたのだが……
「どうしたんだろ!?」
楽市が慌てると、隣りに立つヤークトが顎に手をやりながら、魚がしゃを見つめる。
「あの、ひょっとしてなんですが……魔力が切れたのでは?」
「え、魔力?」
「がしゃにも、あたしたちの常識が当てはまるか分かりませんが、あの頭をフラフラ動かす状態。
あたしたちの知る、魔力酔いによく似ています。
魔力が底を付くと、ああなっちゃうんです。
酷ければ気絶します」
「へー」
パーナが、話の補足をする。
「飛行に関係する魔法は、常に魔力を消費し続けるものなんです。
ラクーチ様のがしゃは、例外なのかなって思ってたんですけど、そうでもないみたいです」
「え、でも、この子はずっと、飛んでいるけど!?」
楽市はそう言って、角つきの眼窩をペシペシ叩いた。
「そうなんですよね、このがしゃは凄いと思います」
パーナはうなずき、眼窩をさすった。
「はー」
楽市は目をパチクリしながら、魚がしゃを見つめた。
「あの子、魔力が切れるまで飛んでたんだ……」
よく見ればフラフラになりながらも、まだ立とうとしていた。
しかし背骨がぐんにゃりして、また山肌に寝転がってしまう。
何のためにそこまで、付いて来ようとするのか?
「……やっぱり七つ子たちは、みんな来てるのか」
他の兄弟を思い、必死に付いて来ようとする魚がしゃ。
「そうだよね、そりゃ心配だよね……」
角つきがしゃが、飛んでいる――
その手には魚のカマ部分がしっかりと握られており、ぐったりとした尾ビレが風でヒラヒラしている。
霧乃たちが朝ご飯をスッカリ消化して、再び活気づき眼窩から身を乗り出していた。
「あー、がしゃだっ!」
「あれ、どーすんの?」
「しんでる!?」
「しーんーだーっ!」
「死んでないよ、連れてくの」