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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第3章 カルウィズ天領地
164/683

164 異界の神獣。


名を伏せる影は、ゆっくりとイースに近付いた。


跪くイースを覗き込むため、かがんで首をねじる。


不思議なことに影は、どんなに近付いても姿がはっきりとしない。

まるで霧の中に、溶け込んでいるかのようだ。


イースは影から、痛いほど視線を感じた。


「んー、報告書によると、北の魔女はベイルフの住民を皆殺しにしたと?


その後、記憶を引き継いだ住民そっくりの偽者を、仕立てたと書いてある。

これ本当なの?」


「本当のことです」

「五万の住民すべてを?」


「それだけではありません。

ベイルフ周辺も、全て瘴気の森へ作り変えています」


「んー、じゃあもう一つ。

北の魔女が自ら巨大化して、逆らう巨大ゴーストを、食べていたとも書いてあるけど、これも本当?」


「はい」


「これからも、ダークエルフを殺し続けるとも言っていたと?」

 

「はい」


「んーハッキリ言うとさ、君が何らかの幻術に惑わされて、踊らされているのではないかと、疑っている者もいるんだよ。

馬鹿げた内容だと言ってね。

そこら辺、どう思う?」


「その可能性は、あるのでしょう」

「認めるの?」


「ですが飽くまでも、可能性があると言うだけです。

それを元に、報告が突拍子もないからと言って、取るに足らぬ物と判断するのは危険なことです。

 

ぜひ、帝都の方々に多く目を通して頂き、真剣にご検討して頂くよう、お願い致します」


「ふーん……あっそう」


影は聞いておきながら、興味なさげだった。

しかし身を乗り出して、更にイースへ近付く。

息が掛かりそうなほど近付いても、顔は霧に包まれたままだ。


「じゃあさ、もう一つ。

君の首に巻かれている黒いリングは、“開放”を使ったことによる処罰だよね?」


「……その通りです」


イースは初めて北の魔女と接触したとき、禁止されていた“開放魔法”を使った。


それはストーンゴーレムを操る力の源泉、“バーティス神の一部”を、岩石から無理やり引き出し、直接兵器として使用する魔法だ。


突然、鉱物の圧力内から開放された神のカケラは、恐慌状態となり、その場の全てを破壊する。


開放後はコントロール不可能となるが、これを敵陣の中心で行った場合、敵に甚大なダメージを与えることができるのだ。


「なぜ、使った?」


それまで少年のような軽薄さで質問していた、影の雰囲気がガラリと変わった。

幼げな声はそのままに、問う声に混じるのは、相手を押し潰すような気迫。


影から目に見えぬ覇気が放たれて、イースの背後から、サンフィルドとリールーの荒い息遣いが聞こえた。


イースは悟る。

影が直接聞きたかったのは、報告書ではなく正にこれなのだと。


――ふう……ふう……ふうっ


間近で覗き込まれる、イースの呼吸も乱れていった。

イースが黙っていると、影が言葉を重ねる。


「君も、知っているだろう?

大昔のことだ。

君と同じように神を直接、戦の道具として使ったダークエルフたちの話を」


「……知っております」


「ならばなぜ使った?

太古彼らは神を二十数度、戦の兵器として使い、ある日突然、鉱物を操る能力を失った。

神の怒りを、かってしまったのだ。

 

その途端、彼らの築いた広大な地下帝国は、岩盤を支え続けることが出来なくなり、天井が崩れて圧壊した。

 

一瞬の出来事だ。

一瞬で、百万以上のダークエルフが死んだ。

君は我が“ソービシル”に、同じ道を辿らせるつもりかね?」


霧に溶け込む姿はそのままに、影の双眸(そうぼう)が紅く輝き始めた。

光は霧の中を滲むように広がり、跪くイースたちを紅く染める。


イースは、呼吸を乱しながらも考える。

影の声と視線を分析する。

声と視線に、押しつぶされる程の気迫を感じたが、不思議と怒気は感じられなかった。


ただこちらを、憔悴させるほど凝視しているのは間違いない。

怒気を含まぬ、熱い眼差し。

怒気以外の感情から溢れる、強い眼差し。


――これは興味だ


イースはそう判断する。

ただしこの興味は、天秤に掛けられたようなもので、返答によってはいつでも怒気に傾き、イースを惨殺するだろう。

王族にとって、下々の命は軽い。


影の期待を、裏切らないような答え。

そんなものは分からない。

どう取り繕っても天秤は憤怒に傾き、自分の首が飛ぶような気がした。


ならば……


イースは深く息を吸い、顔を上げる。

逆に質問しよう。


「失礼ですが、ソービシル国家連合は、いつまで存続できるとお考えでしょうか?」


「なんだと?」


天秤が、憤怒に傾いたのを感じる。

イースは構わずに続けた。


「ぼ……私は、北の魔女の力の一端を、目の当たりにしたとき確信いたしました。

これはソービシル国家連合の、崩壊に関わるできごとだと」


「崩壊するだと?」


また天秤が憤怒に傾く。


「そうです。

これから遠い未来、数千年に渡り語り継がれるであろう、戦の始まりであると感じました。

 

端的に言えば、五〇〇〇年太平の世であったソービシルが、耐えられるのかと強い焦燥に駆られたのです。

 

だからこそ私は、その場でもてる最大の火力を投入しました。

少しでも北の魔女の能力を引き出し、その情報を持ち帰らなければならない。

そう感じたからこそ、“開放”を使ったのですよ」


「それほどの、相手だと言うのか?」


「ハッキリ申しますと、相手は魔女などと言う、生易しいものではありません」


「では何だと、言うんだい?」


影の紅い目が、クリクリと動いた。

天秤が憤怒から興味に傾く。

声にはどことなく、楽し気な雰囲気が混じり始める。


「神獣です。

いえ、大怪獣といった方が良いのでしょう」


「大怪獣……それは、異世界にいると言われるものだなっ。

異界の神獣のことだなっ」


「その通りです」


影の目が、さらにクリクリと動く。

声には子供のような、無邪気さが感じられた。

影がイースを見下ろし、頭を揺らす。


「んー、しかしだな。

だからと言ってダークエルフを滅亡に追いやる開放を、使う理由になると思ってるの?」


「お言葉ですが、太古の方々が二十数度使い、力を失ったのなら少なくとも二十回は、その力が使えると言うことです。

 

私が一度使いましたので、あと十九回は確実に使えます」


「なっ……」


ここで初めて、影が押し黙る。

目の前の男が禁忌を禁忌と思わず、あと十九回使える兵器だから、使えと言ってのけたのだ。


影は紅い目をクリクリと動かし、首をかしげる。


「……君はその考えが、とても危険だとは思わないのかい?」

「国家の危機以上に、危険なことはないと考えております」


「……ふふふ、んー、イース・エス。

君、面白いね。

んー、大怪獣と国家をかけた戦ね……ふふん」


影がゆっくりと、イースから離れていく。

どうやら、自分の首はつながったようだ。

イースはそう思い、悟られぬようにそっと安堵の息を漏らそうとする。


そのとき――


どこか遠くから、鐘の音が聞こえた。


ゴオオン……

ゴオオン……

ゴオオオオオン……


イースはその鐘の音に聞き覚えがあり、安堵の息で思わずむせてしまう――








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