163 建国世代のダークエルフ。
カルウィズに点在する宮殿群は、山の地形をうまく生かして建てられている。
そう言うと遊び心があって、風流な建築物を思い浮かべるかもしれない。
しかし実際、目の当たりにすれば、その印象はガラリと変わる。
岩盤むき出しのほぼ崖と言ってよい山肌に、へばり付くように建てられているのだ。
山肌の僅かな出っ張り。
そこへ宮殿の基礎を、無理やりオーバーハングさせながら積み重ねており、その上に針のような尖塔を多用した、宮殿が鎮座していた。
もし下から宮殿を見たならば宮殿の自重が、どこで支えられているのか全く分からず、大変に不安な気持ちとなるだろう。
様々なストーンゴーレムを操り、鉱物の扱いに長けた、ダークエルフならではの建築物といえる。
イース、サンフィルド、リールーの三人は、その宮殿の一つに呼び出されているのだ。
今は宮殿の外郭に作られた、長い廊下を歩いている。
左側は宮殿の壁が続き、右側は欄干があるだけで、その先は谷である。
谷からの霧が廊下をつつみ、まわりは朧気にしか見えない。
三人は視覚矯正魔法を発動させたが、一向に視界は晴れなかった。
つまりこの霧は、ただの霧ではないのだろう。
輪郭が全てあやふやな世界で、足に伝わる廊下の硬さだけが、確かなものといえた。
主はこの先にある、テラスにいるという。
黒服を着た宮殿の執事が、イースたちを先導して、ゆっくりと廊下をすすむ。
その手には、血のように赤い光を放つランプがある。
その光は霧の中でシミのように広がり、イースたちの前で揺れていた。
執事の姿は見えないが、三人は赤いシミを頼りに歩く。
揺れるシミを見ながら、サンフィルドが納得する。
「あー、なるほど。
俺たちに赤い服が用意されたのは、そのためかな?」
リールーは肩と背中が大胆に露出した、紅いドレスをいたく気に入っていた。
彼女の深紅の瞳と相まって、実に似合っている。
ただイースとサンフィルドは、自分たちまで真っ赤な礼服ということに、いささか閉口していたのだ。
霧の中では、視認性が良いのだろう。
「ここで、お待ちください」
赤いシミから、執事の落ち着いた声がする。
もうテラスに、着いたのだろうか?
霧のせいで、廊下とテラスの境目が分からない。
真ん中にイース。
両脇にサンフィルドとリールーが、一歩下がって待つ。
サンフィルドは白い静寂の中で、無防備なこの状態が気に入らなかった。
イースの前に立ちたかったが、場所が場所なためそうも行かない。
ヤキモキしていると、正面の霧から人影が音もなく現れる。
直前まで、その気配はない。
サンフィルドはイースの肩越しに、霧の中で滲むように立つ、その黒いシルエットを見つめた。
背はそれほど高くない。
体の線は細く、一見少年のように感じる。
そしてダークエルフの特徴である長穂耳が、異様に長かった。
ねじくれるように伸び、上を向いている。
それは王族の中でも、建国世代に多く見られる特徴だ。
もっとよく見たかったが、前に立つイースが跪いたので、それにならいサンフィルドも膝をついた。
リールーも横で膝をつく。
「んー、よく来てくれたね。
イース・エス」
正面に立つ影が、少年のような声で親し気に、イースの名を略して呼ぶ。
それに対しイースは顔を上げて、目を細めた。
「……ここは、ハルプ・ティシュ・エスエス・ソービシル様の宮殿と、伺っております。
ハルプ様とは帝都で、何度かお会いしたことがあります。
失礼ですが、いささか声が違うようで」
「あれ、だめだったかな?」
「いえ……」
そういう事はよくあった。
相手が身分を隠して、対象の者と声を交わす。
様々な理由があるだろうが、下々の者には関係ないことだ。
イースが黙ると影はゆっくり近付き、手に持つ紙束を軽くはじいた。
「んーじゃあさ、長い挨拶なんか抜きにして、聞きたい事があるんだけど、いいよね?」
「どうぞ……」
影の声は、本当に少年のようだ。
言葉の響きが軽い。
ただダークエルフは、見た目で年齢を判断できない所があるのだった――