161 がしゃ6兄弟、心の中で一言だけしゃべる。
大陸に点在する各都市から、巨大スケルトンに追い立てられたダークエルフ軍が、東へと撤退していく。
撤退する先は、鉄壁の護りと言われる、
カルウィズ天領地――
ベイルフから東北東へ、百二十キリルメドルの地にある、スエスエム山脈。
この南北に縦へ伸びる、山々の南端に、カルウィズ天領地はある。
南端は二股に分かれており、ちょうど“ハの字”の形となっていた。
その“ハの字”の内側に、避暑地として王族たちの宮殿が、数多く点在しているのだ。
辺りは一年中、霧が発生しており視界が悪い。
ダークエルフ軍が急ぎ進む林は、昼時でも霧のため日射量が足りず、細くねじくれた木々ばかりだった。
木々も霧ばかりの朧気な世界では、どちらに伸びて良いのか分からず、ねじくれるしかない。
兵士たちの踏みしめる地面も、まともな草木は生えず苔ばかりだ。
苔はやたらと水分を含み肥大しており、兵士が踏みつける度に、爪先がグショリと濡れて滑る。
軍は後方の部隊を、少しづつ巨大スケルトンに弄ばれながら、陰鬱な林を進む。
すると突然に林が途切れて、霧の中にそびえるほど大きな壁が立ち現れた。
壁は漆黒で、霧の中でもハッキリとその威容がうかがえる。
軍の行くてを阻むこの壁は、まさに彼らが求めていた、庇護を与えてくれる場所だった。
――カルウィズ天領地の黒妖門
その壁は、“ハの字”に開かれた地形の南部分を、全て塞ぐように東西へ伸びている。
壁の高さは、一般的な城壁の三倍はあった。
使われている石材は、地下五万二千メートルの溶岩近くに生成される、黒妖岩だ。
滑らかでガラスのような光沢をもち、その強度は並みの石材の比ではない。
漆黒の壁には、中央に上から下まで、城壁がそのまま開く巨大な門があった。
ダークエルフ軍は、庇護を求めてその門を叩く。
「カルウィズの方々よ、聞こえているであろうっ、ここを開けられよっ!
我々はシーヒープ公国軍である。
我々は公国君主ホーン・ライルド・ジェラル大公殿下、そしてそのご家族をお護りして、ここまでお連れして参った。
至急ここを開けられよっ、ここを開けられよっ!」
しかし、門からは全く反応がなかった。
軍の将がいくら石壁を叩いても、ペシペシと情けない音がするばかり。
石壁を叩く右腕にはめられたバングルが、じわじわとその輝きを増していく。
「ぐっ……!」
シーヒープの将は、青ざめて後ろを振り返った。
彼だけではない。
軍全ての者が、後ろを振り向く。
振り向いても、霧に遮られて何も見えはしない。
しかしバングルの青い輝きが増すということは、迫りくる巨大スケルトンが、更に近づいた事を意味していた。
ダークエルフたちは、背後から迫る死の恐怖で、もう心が保てなくなってしまう。
ここまで辛うじて保ってきた、軍の秩序をかなぐり捨て、好き勝手に飛空魔法を使い、黒壁の向こう側へ逃れようとした。
しかしその度に、見えぬ角度から放たれる雷撃によって、撃ち落されていく。
黒妖門の防衛網が容赦なく、ダークエルフ兵を消し炭にしているのだ。
壁沿いにびっしりと詰まったダークエルフたちへ、仲間だった破片がパラパラと降り注ぐ。
仲間の死を目の当たりにして、黒壁を越えたくても越えられぬ兵が、無駄に空中を右往左往し、魔力が尽きて落ちていった。
飛空魔法は継続的に魔力を使うので、一般兵では五分もすれば、魔力が底を尽いてしまうのだ。
またある者たちは、ここまで我慢していた転移魔法を使い、中へ入ろうとする。
しかし巨大スケルトンの放つ瘴気と、黒妖門が防衛として、常時展開する転移阻害の魔法により無力化されてしまう。
阻まれた彼らが、再びこの世に現れることは無かった。
*
六体のがしゃは、霧が立ち込めようと気にはしない。
元から“肉眼”で、この世を見ている訳ではないのだ。
アンデッド独特の視野には、霧の中でも無数の青白い光点が、天の川のように広がっていた。
光点一つ一つが、憎き生者どもなのだ。
何やら壁に阻まれて、行き場を失ったらしい。
がしゃたちはこれを好機とみなし、縦一列の行軍を、横一列に切り替えて一斉に襲い掛かった。
がしゃ六兄弟は、心の中で叫ぶ。
――大漁ギョギョッ!