160 楽市へ、みんなで報告し合いっこ
前日は調子が狂いっぱなしで、日が暮れてしまった。
そして次の日のこと――
ヤークトは朝霧が晴れると、すぐさま千里眼を発動させ、視界を大空へ駆け巡らせた。
その目は猛禽のごとく飛翔し、流れる森を観察する。
ヤークトはほどなくして、がしゃたちの通った複数の痕跡を見つけた。
術を解いたヤークトの視界に、せっせとツタを編む、楽市の姿が映る。
ヤークトは寄りかかる眼窩から身を起こし、その横顔に声をかけた。
「ラクーチ様、新しい跡を発見しました」
「おっ、ありがとうヤークトっ」
楽市が編む手を止めて、ヤークトへニッコリと微笑んだ。
笑顔がまぶしいっ!
「い……いえ、任務ですから」
ヤークトは心の中で叫びつつ、努めて冷静に振る舞った。
それでも頬が赤らみ、鼻息が荒くなってしまう。
ぷっすー!
ヤークトの隣で同じく千里眼を行うパーナが、身じろぎをする。
目の焦点が合っていき、ヤークトが起きているのに気づくと、ガックリとした表情を見せた。
「ふああっ、先を越されたああ……」
そんなパーナに、ヤークトが笑いかける。
「大丈夫だよ。
あたしも今、起きた所だから。
まだ、お伝えしていないよ」
「本当ですか、ラクーチ様っ?」
「うん、まだ聞いていないんだ。
ありがとうね、パーナのも一緒に聞かせて」
「はい、ラクーチ様っ!」
パーナは楽市から笑顔を浴び、全力で尻尾を振った。
二人が改めて楽市の前に座り直し、ヤークトが姿勢を正す。
「ラクーチ様、今回は少し気になることがありまして……」
「あっ、私もなんですラクーチ様っ」
ヤークトとパーナは、見つめ合いうなずく。
ヤークトが、パーナに手でうながす。
「どうぞ、パーナ」
「ありがとヤークト~」
パーナは胸に手を当てて、呼吸を整えた。
「ラクーチ様、今回は数十本の枯れた道を、発見しました」
「えっ、数十本もっ!?」
楽市はビックリし、思わず腰が浮き上がりそうになる。
「はいそれがですね、始めバラバラの方角に伸びていた道が、どんどん集約して一緒に東へ進んでいるんです」
隣のヤークトも、それを聞いてうなずく。
パーナとヤークトは枯れた道が、一つにまとまっていく合流線を見つけたらしい。
「一緒に東へ、向かっているってこと?」
「はい、そうなんです」
パーナはそう言い、背嚢から紙と自動筆記の替え芯を取り出した。
簡単な地図を描きながら、説明する。
「多分がしゃたちは、各地で都市を襲ったと思います。
するとですねこう、そこにいたエルフ軍が、ツァーグの街みたいに撤退したと思うんです」
「ふんふん、なるほど」
「軍はやみくもに、撤退するわけではありません。
まず自軍の駐屯する、別の都市へ撤退します」
「うん、そうだね」
「すると多分、撤退した都市でも、がしゃに襲われて、更に撤退したと思うんです……」
「あー、にげ……うんそれで?」
楽市はそこで、「逃げるなんて情けない」と言いかけたが止めておいた。
パーナが心苦しそうに、話しているからだ。
逃げるという言葉を使わず、「撤退」と表現している所に、パーナの迷いを楽市は感じた。
そうそう慕っていた気持ちを、切り替えられる者はいない。
「そうやって撤退を繰り返す軍は、更に強力な自軍の地を、求めると思うんです」
「それが、東なの?」
「はい」
そこでパーナは、ちらりとヤークトを見てうなずく。
ヤークトに、続きを譲る気らしい。
報告する喜びは、“仲良く半分こ”と言うことだろう。
ヤークトがその意味を理解し、続きを紡ぐ。
「この東には、恐らく……」
パーナの描いた地図に、ヤークトが替え芯で描き足していく。
「カルウィズ天領地があります」
「かるうぃず?」
「はい、王族の方々の、避暑地と言われている所です。
詳しいことは国家機密なので分からないのですが、相当に護りが強固な地だと推測出来ます。
撤退するどの軍も、その地の庇護を求めているのでしょう。
その軍を追う、がしゃたちもまた、東へ集約されていったのだと思います」
「王族の避暑地って……えー」
楽市はパーナとヤークトの合作地図を、困ったように見つめる。
そこへ火の玉となった霧乃たちが、外から頭蓋骨の中へ飛び込んできた。
楽市たちの周りを、クルクルと飛んで元の姿に戻る。
戻った途端に楽市へ飛びつき、狩りの成果を報告した。
「らくーち、しとめたぞ、おっきいのっ!」
「なんか、へんてこな、やつっ!」
「らくーち、ほめてーっ!」
「ほーめーてーっ!」
「おー、あんたたち、でかしたっ!
ありがとうね!」
楽市が子供たちの頭をワシャワシャしてやると、皆がくすぐったそうに喜んだ。
「へへへー、だろー」
「はやく、みろみろ、らくーち」
「あははっ」
「ふふー」
霧乃たちは朝ごはん獲得のために、松永と狩りへ出かけていたのだ。
楽市が眼窩に手をかけて下を覗くと、角つきの足元に松永がいた。
口には、巨大トカゲのような獲物を咥えている。
その脇に、同じトカゲがもう一匹転がっていた。
こっちは、霧乃たちが仕留めたのだろう。
どちらの獲物も、蛍光ピンクな色合いが刺激的だ。
楽市は食べられるのだろうかと、ちょっと目を丸くした後、皆へ振り返る。
「よし、朝ごはん食べたら、出発しよう!」
*
六体の巨大ながしゃが、森を先行する。
がしゃたちは一列に並び、ダークエルフ軍を追いかけていた。
撤退するたびに都市の軍を吸収して、膨れ上がるダークエルフ軍は、後ろが詰まって逃げ足が遅くなり、易々とつかまってしまう。
逃げ遅れたダークエルフ軍が、死に物狂いで攻撃してくる。
しかし無駄なことだ。
巨大がしゃは、優しく尾ビレで撫でてやり、半殺しにした後ゆっくりとなぶる。
すぐには殺さない。
楽な死など、慈悲でしかない。
一部隊をなぶる間に、本隊が離れて行ってしまう。
しかし問題なかった。
ダークエルフの身につけているアイテムから、青い光が滲みだし、それが聖属性の匂いをプンプンさせていたからだ。
ダークエルフが増えるほど、それは強く匂ってくる。
一部隊をなぶり殺した後、その匂いをたどった。
六体のがしゃは、夢中で東へ東へと進む――
うひょー、ひじき祭ーっ!