016楽市、こまる
楽市は周りから聞える声に、しかめっ面をする。
獣人兵どもの呻き声だ。
血を流し絶命している者が多い中で、まだ息のある者が結構いる。
楽市はここでの戦いを見ていないが、倒れ伏す者たちを見ると、戦闘の激しさが窺えた。
全て、あの鬼の少女が倒したのだろうか?
まだ幼いといっても、やはりそこは鬼なのだろう。
「すごいもんだね……」
楽市は素直に感心した。
少女が強かったお陰で間に合い、助けることが出来たからだ。
楽市は近くで荒い息をし、倒れている獣人の女を冷めた目で眺める。
助ける義理なんか無い。
楽市は森を見た。
辺り一面、ズタズタにされている。
木々が倒されて、森に住む多くの獣たちが殺されていた。
こんな酷いことをする奴らは、そのままクタバレバ宜しい。
そう断じるものの、楽市は苛立ちながら、耳をパタパタと動かし続ける。
辺りから聞える苦悶の声が、少しずつか弱くなっていた。
「ああーっ、何なのっ、自分たちからやっといて、鳴き声上げるなんて!」
楽市は「情けない」とか「ゴミカス」などと毒づきながら、一人を助け起こす。
まだ若い獣の娘だ。見たところ傷は無い。
「どこが痛むのっ」
「……っ」
楽市の声に反応はするものの、息絶え絶えで返事が出来ない。
しかし震える手で、傍に落ちる背嚢を指差していた。
「あれ、取って欲しいの?」
楽市が背嚢を拾い上げて中を覗くと、様々な物が入っていた。
楽市は背嚢の口を見せ、声を掛ける。
「どれがいるの?」
獣娘は背嚢からガラスの小瓶を取り出し、蓋を開けようとする。
しかし力が入らない。
楽市は取り上げて、蓋を開けてやった。
小瓶からは、強い香草の匂いがする。
楽市の知らない匂いだ。
小瓶を手渡してやると、獣娘は震えながら中身の液体を、自分へと振りかけた。
獣娘の体が、淡く光り始める。
すると多少なりとも血色が良くなり、表情が穏やかになった。
楽市はその効果に、目を見張る。
「何これっ、ポーション!? えっ、本物!?」
楽市は古風な姿をしているが、現代知識もしっかりあるのだ。
よくガード下で飲むついでに、憑依した相手の端末でゲームを楽しんでいた。
楽市にとって、魔法はそれほど珍しい物じゃない。
言い方が違うだけで、楽市自身も狐火を操ったり、人へ取り憑いたりするからだ。
それに連なる呪具も、目新しくない。
しかしこの、いかにもな感じのガラス小瓶に、入った怪しい液体を振りかけて使う。
この一連の流れに、心を奪われた。
「うわーすごいっ、これ絶対にポーションだよっ、はーっ」
楽市がしきりに感心していると、獣娘を抱える腕に、ゆったりとした呼吸の反復が伝わってきた。
容態が落ち着いたようだ。
しかしまだ全回復とはいかず、ぐったりしている。
楽市はそっと獣娘を膝から降ろし、辺りを見た。
まだ獣人兵たちが、転がっている。
ちらりと鬼の少女を見てから、霧乃と夕凪に声をかける。
「見てたでしょ、こいつらの持ってる袋から、小瓶を取り出してかけてやって」
「えー!?」
「なんでー!?」
二人が、しかめっ面をしている。
無理もない、獣人兵は鬼の少女を殺そうとしたのだから。
楽市が助けようとするのが、二人には理解できないのだ。
「いいからっ」
楽市は強めに言って、押し通した。
霧乃と夕凪は、しぶしぶ立ち上がる。
近場から順に背嚢をあさり、獣人兵へ小瓶の液をかけていく。
振りかけるだけなので、そんなに手間は掛からなかった。
助けられたのは、十数人といった所だ。
後は皆死んでいる。
周りから聞こえてくる静かな呼吸音に耳を傾け、楽市は首をひねる。
「う~ん、どうしよ……」
流れで助けたは良いものの、元気になってまた暴れられたら困る。
狩りならばまだしも、こいつらの無差別なやり方は絶対に許せない。
なのに助けてしまった。
また暴れたらどうするのか?
「う~ん……」