158 激推しパーナ&ヤークト。
連なる峰の一つ。
山頂の岩陰に、巨体の松永が横たわっている。
その灰がかった白いモフモフの横っ腹に、パーナとヤークトが寄りかかり座っていた。
二人とも手足をだらりと投げ出し、ジッとして動かない。
その顔はうっすらと微笑み、目は半開きで焦点が合っていなかった。
彼女たちの意識は、山二つ向こうの戦場へ向けられているのである。
暫くして、ヤークトの瞳に光が戻ってきた。
パチクリと瞬きして、松永の腹に預けていた上体を起こす。
千里眼の術を解いたのだが、表情はまだぼんやりとしている。
自分の手をジッと見つめると、その手は震えていた。
先程まで見ていたものが余りにも凄まじくて、そこから離れた後も身の震えが止まらないのである。
ヤークトの横でパーナも術を解き、上体を起こす。
パーナもまた、震える自分を抱きしめていた。
お互いに目が合うと、鼻息を荒くして微笑み合う。
「ヤークト……私ふるえが、止まらないよ」
「パーナ……あたしもなんだけど」
パーナとヤークトは先程まで千里眼を使い、楽市たちの戦闘を見ていたのだ。
二人は、ベイルフでの戦闘を見ていない。
そこでは気絶、そして流れるように死亡したからだ。
だから今回が初めて目にする、楽市たちの戦闘である。
楽市たちの操るがしゃが、尾ビレで襲われる度に、声は出せなくても悲鳴を上げていた。
(キャー、危ないっ、キャーッ!)
(うぐ、ギャーッ、ラクーチ様っ!)
魚がしゃが凄まじい速さで回転し、大気に横倒しの渦を作ったときは、恐怖で心臓が止まりそうになる。
楽市たちが逃げずに身構えたとき、二人は楽市たちの正気を疑ってしまった。
(逃げてーっ!)
(逃げて下さいっ!)
パーナとヤークトが術中に、どれほど叫ぼうとも届きはしない。
魚がしゃが、飛び出すまでの僅かな空白。
その間がとても長く感じられ、気が遠くなってしまう。
そして見事、魚がしゃを受け止めたとき、二人は千里眼の視界がブレるほど興奮した。
(ギャー、ギャー、ラ゛ク゛ーチ゛ ざま゛ーっ!)
(ギャー、はあはあはあ、ギャーっ!)
ゆるキャラの楽市は、正直戸惑ってしまったが、そんな物は些細なことである。
「あー、どうしようっ、私まだ胸がドキドキするっ」
「パーナ、あたしもだよっ」
「ラクーチ様って、すっごい強いねっ」
「うん、びっくりしたっ」
強いと分かっていたつもりだが、実際の戦闘を見て、度肝を抜かれてしまった。
二人は熱く火照る頬に手を当てて、変な間が空いてしまう。
言いたいことがありすぎて、喉につかえてしまうのだ。
パーナが、コールカインをキメたような笑顔をみせる。
「どうしようっ、ラクーチ様ってお友だちみたいに接して下さるから、ついつい普通にお話してしまうけれど、私たち直接お話していいのかなっ!?」
「いや駄目だろう、普通は駄目だろうっ」
ヤークトも負けじと目を見開き、恥じらいつつも尻尾をバタつかせる。
「そうだよねっ!」
「そうなんだよっ」
二人の間にまたムズムズとした間が空き、パーナはもうヤークトに抱きつくことにした。
同時に尻尾も、ワッサワッサと振りまくる。
「パ、パーナっ!?」
「キャー、どうしよう、キャーっ!」
そんな二人を、松永が不思議そうに眺めた。
岩の陰と言っても、夏場は熱い。
多少おかしくなっても、許容範囲だろう。
暫くして、角つきが単体で迎えに来てくれた。
突風をおこし、頂の岩場へ着地する。
狭い岩場で器用にしゃがみ込み、大きな手の平が地面すれすれまで降りてきた。
ヤークトたちがその手に乗ると、ゆっくりと上がっていき眼窩の脇で停止する。
角つきは二人と松永を頭蓋内に乗せると、大きく羽ばたき青空へと舞い上がった。
角つきは木々の倒された広場へ降り立ち、乗り込んだ時とは逆の手順で、ヤークトたちを地上に降ろす。
パーナとヤークトは、こちらに背を向けてたたずむ楽市へと駆け寄った。
パーナは、千切れんばかりに尻尾を振り。
ヤークトは、はしたないと思いつつも、振る尻尾が止められない。
「ラクーチ様ーっ!」
「ラクーチ様っ」
名を呼ばれた楽市が振り向くと、二人は怪訝な表情をする。
楽市の様子が、何やらおかしい。
どういう訳か、楽市の顔は酷く青ざめていた――