157 楽市はそこへ静かに正座して、横になった。
(あれー?)
ごっとんっ
朱儀はねじ切れた背骨の横に、真っ赤に焼けた頭を置いた。
すると頭の熱で倒れた木々へ延焼しそうになり、慌てて頭に土砂をかける。
しっかりかけると、目の前に大きな大きな土饅頭ができていた。
朱儀は期せずして、魚がしゃの埋葬まで進めてしまう。
(あれーっ!?)
朱儀は首をかしげ、自分でやっておきながら困惑してしまった。
そんな朱儀を、霧乃たちが励ます。
(あーぎは、よくやったっ)
(そうだ、次いこ、つぎっ)
(あーぎ、すーごーいーっ)
そうなのだ、朱儀は良く頑張った。
首が取れたのは、事故なのである。
楽市も最初はビックリしたが、朱儀の頑張りを褒める。
(そうだよ朱儀、あんたはよく頑張った。
それに、まだ大丈夫だって!)
楽市はそう言って、角つきから飛び出し、狐火となって魚がしゃの背骨に入り込んだ。
楽市は背骨の中で、ゆっくりと意識を沈めていく。
ゆっくり……
ゆっくり…………
心の中に、獣の道筋を付けて
ゆっくり………………
*
三十分後――
ぷふっ、くすくすっ
ぷっふーっ、げらげら
あはははっ、いひひっ
ふあーっ、ふふふ
角つきを体育座りさせて、その頭の上に霧乃たちがくっついて座っている。
みんな、どうしても堪え切れず笑っていた。
子供たちの前には、バカでかい魚の頭に、無理やり楽市の足をくっつけた代物が立っている。
太い頭にいきなり細い足が伸びているので、つなぎ目がとても雑だった。
まるで魚の被り物を、しているように見える。
何というか、金をケチった“ゆるキャラ”のようだった。
全身が黒いそれは、ひょこひょこと歩く。
頭を大きく揺らすその歩き方が、妙に可愛くて可笑しい。
それに堪え切れず、霧乃たちは再び笑い転げるのだった。
「いひひっ、なにそれーっ!?」
「らくーち、歩くのやめろー、ふひひっ!」
「かわいいっ、かわいいっ、あはっ!」
「あははっ、らくーち、へーんーっ!」
子供たちが笑うので、どうしたのかな?と思い、楽市は振り向いて、魚の頭全体で何度もかしげる。
ひょこん ひょこん
その仕草がまた、ちんちくりんで可愛い。
完全に、ワザとやっていた。
「あー、かわいいーっ!」
「ぎゃあ、やめろ、かわいいっ!」
「きゃー、らくーち、きゃーっ!」
「かーわーいーっ!」
楽市はまた、ひょこひょこ歩いて、こちらを振り向く。
振り向くたびに、霧乃たちの笑い声や黄色い声が聞こえた。
ウケが良いので、楽市は調子づく。
また、ひょこひょこ歩いては、こちらを見る。
また、ひょこひょこして、クルリと見る。
また、ひょこっとして見る。
また、ひょこ――
「らくーち、しつこい、おもしろくない」
「そこそこが、いいんだよー」
「なーがーいー」
「きり、だっこしてー」
調子に乗り過ぎて、思わぬ辛口コメントを頂いた“ゆるキャラ楽市”は、そこへ静かに正座して横たわった。
横たわる魚の腹辺りから、楽市が出てくる。
白銀の髪、
やり過ぎたといった、後悔の表情。
細い首筋、
華奢な肩。
背中から腰にかけて黒々とした尻尾が生えており、その先がまだ魚と同化している。
尻尾を魚から引き抜いて行くと、魚の周りを覆っていた瘴気の帯がほどけていく。
そこに横たわるのは、元の魚がしゃだ。
ただし、ひしゃげた頭のほとんどが、黒く作り変えられていた。
頭から繋がる背骨も、その三分の一が黒くなっている。
楽市は自身を尻尾で支えて浮き上がると、そのまま移動して、魚がしゃの眼窩を覗き込む。
「コホンッ、んー、いい? これであたしの勝ち。
文句ないよね」
すると魚がしゃが、尾ビレを力なくパタリとする。
おそらく同意の意味だろう。
「よし、じゃあ、はかばーに帰りなさい。
方向はわかるでしょ」
魚がしゃが、また尾ビレをパタリと動かした。
「うん、うん」
楽市はまだ繋がる黒い尻尾から、心象を絵付きで伝える。
(もし、いう事聞かなかったら、また首をねじ切るからね……)
すると魚がしゃの尾ビレが、勢いよくパタパタと動いた。
元気な尾ビレを見て、楽市はうなずく。
「うん、いい子だね」