156 つかむ、そして放してやった。
魚がしゃが木々の間を縫うように泳ぎ、角つきへ襲い掛かる。
それに対して角つきは、相手の位置を把握していても思うように動けなかった。
動くたびに、周りの木々が邪魔をするのだ。
角つきの巨大な翼や尻尾が、引っかかってしまう。
翼も尻尾も、朱儀には動かすことが出来ないので、完全なデッドウェイトになっていた。
思うように動けない角つきの足元から、魚がしゃが掬い上げるように尾ビレをひらめかす。
下段蹴り、
中段蹴り、
上段蹴り、
そうかと思えば、真下からの突き上げるような蹴り。
魚がしゃは自由自在に、尾ビレの蹴り技を繰り出して、角つきを追い詰めていく。
朱儀はそのどれもをギリギリでかわし、飛び退り折れた木々に寄りかかる。
(ひい、こわいっ!)
(がんばれ、あーぎっ!)
(がーんーばーるーっ……あつっ!)
魚がしゃの尾ビレが、顎をかすめた。
カミソリが、肉に滑り込むような感触。
それが鋭い熱として、朱儀の神経に伝わってくる。
(ふあーっ、あーぎーっ!)
豆福の叫び声を聞きながら、朱儀は攻撃をかわしていく。
手の甲や腕に幾つも切り傷が増えていき、手足のサポートをする霧乃と夕凪にも、鋭い熱として伝わってきた。
(あつっ、あちちっ!)
(このおっ、あっつーっ!)
(ちょっと待ってっ、すぐに尻尾を出すからっ!)
楽市は慌てて、気持ちを静めようとする。
楽市の出す巨大な尻尾は、そこから溢れ出す特濃瘴気によって、受けた傷を穴埋めする効果があるのだ。
しかし慌てて静めるというのは、少し無理があった。
スムーズに出すには、まだまだ練習が必要だ。
それでも何とかしようとする楽市に、朱儀がまったをかける。
(だめーっ!)
(え、何で朱儀っ!?)
(だいじょーぶ、かてる! まわり、みてっ!)
(見るって何を……あっ!)
見てと言われて、改めて周りを見る。
すると角つきを中心にして、半径二十メートルの木々がほぼ切り倒されて、ちょっとした広場になっていた。
切り倒された木々の切り口から、ムッするような青臭さが立ち込めている。
魚がしゃの蹴り技と、朱儀の倒した木々だ。
朱儀は素早くまだまばらに立つ木や、中途半端に折れた木を蹴り折る。
霧乃たちが、それを理解して大喜びだ。
(ああっ、そっかーっ!)
(わーっ、うごけるぞっ!)
(うんっ)
(あーぎ、ふあーっ!)
(うわっ、これなら翼も尻尾も、引っかからないよっ!
朱儀あんた初めから、これ狙ってたのっ!?)
(ん? うーん……うんっ!)
絶対嘘である。
(朱儀……でもやっぱり、尻尾出して傷治した方がっ)
(やだーっ、ずるになるから、やだーっ!)
(ずるって、あんたねーっ!)
(らくーち、見てっ、あいつぜんぜん、こないよっ!)
霧乃が言う通り広場ができてから、魚がしゃの攻撃が止まっていた。
やはり、反撃を恐れての事だろうか?
(うわっ、これって広場のお陰っ!?)
楽市が驚き、子供たちは俄然やる気が出てきた。
(あいつ、こまってるんだよっ!)
(あーぎ、やっちまえっ!)
(らくーち、おねがい、しっぽ、まってっ)
(あーぎ、すーごーいーっ!)
角つきの中で、楽市と霧乃たちがワチャワチャしていると、魚がしゃが木々の中からフワリと浮かんで出てくる。
また最初のように、頭の先をこちらへ向け浮かんでいた。
切っ先をピタリと合わせると、魚がしゃは自身をドリルのように回転させ始める。
フィイイイイイイイッ
回転速度は急速に上がっていき、甲高い音が鳴りはじめた。
次第に周りの大気を巻き込んでいき、舞い上がる土砂や、千切れ飛ぶ枝葉を吸い上げて巨大な渦を形成していく。
ちょっとした、横向きの竜巻だ。
(わー、つっこんでくるっ!?)
(また、うそっこ!? とまって、ける!?)
(だいじょーぶ、くるくる、しすぎ、クイッてむり)
朱儀はあれだけ回転していると、もう細やかな動きは無理だと言っていた。
そうなると、真っ直ぐ突っ込んで来るしかない。
朱儀は幼いながらも、戦闘でおこなった様々な“体捌き、体重移動”の経験から直感で、魚がしゃが真っ直ぐ来ると確信する。
高速回転すると、外側の全方向へ飛び出そうとする力が生まれる。
そこからどこか一方に曲がろうとすると、その他全ての“方向の力”が邪魔をするのだ。
(朱儀、大丈夫なのっ!?)
(だいじょーぶっ。
きり、
うーなぎ、
まめ、
いっぱい、ちょうだいっ!)
感覚の精度をフルに上げるため、状況の情報処理をメチャクチャしてくれと言っていた。
(わかったっ!)
(もってけっ!)
(まめ、がんばるっ!)
プシュウウウウウウウウウウウウッ!
(うひょ)
(あひっ)
(あっ、らくーちっ!?)
(あへー)
(尻尾出してないから、良いでしょっ)
(うん、らくーち、ありがとっ)
朱儀はみんなの力をもらって、ドスンと身構えた。
(朱儀、どうするの!?)
(とーめーるーっ!)
(えーっ、無理でしょっ!?)
(らくーち、しーっ)
(しー、だぞっ)
(しー、しーっ)
(え、ごめんっ)
次の瞬間――
魚がしゃが自ら作った竜巻を吹き飛ばし、朱儀へ向かい真っ直ぐに突っ込んできた。
あたかも竜巻を砲身代わりに打ち出された、巨大なライフル弾だ。
空気を切り裂き、全くブレることなく角つきの胸へ、吸い込まれるように突き刺さる。
しかし待ち構えた朱儀が、魚がしゃの鼻先へ渾身の力で両の拳を叩き込んだ。
同時に右ひざを突き上げ、三点の打撃で回転する力をねじ伏せる。
ガシイイイイイイッ
ギャリッ
片足では踏ん張りが効かず、押し倒されてしまう。
そのまま背中で倒木をこすり、後ろへ押し込まれていく。
しかし――
ビタリッ
朱儀の拳の中で、摩擦熱の煙を吹き上げ真っ赤に焼けた、魚がしゃの頭が止まっていた。
三点からの打撃で、頭がひしゃげている。
(あちちちっ、やった、止まったっ!)
(あちちちっ、あーぎ、すげーっ!)
(あーぎ、すーげーっ!)
(すごいよ朱儀っ!)
(へへへ)
しかし、慣性の力は止まらない。
頭は止まったものの、体の方は止まらずに回転し続ける。
その結果――
ポロリッ
頭の付け根から、背骨がねじ切れてしまった。
(あー、とれたーっ!)
(これ、しんだなっ)
(しんだー)
(ええっ朱儀!?)
(あれー?)