154 星への眼差し、イキりまくる
翌朝霧が晴れるのを待ち、再び枯れた跡を追跡する。
枯れた道は、ツァーグから伸びる街道にそって続いていた。
恐らくダークエルフ軍を、追っての事だろう。
その上空を、角つきが高速で飛翔する。
朱儀が眼窩のフチに手をついて、流れる森を眺めていたとき、その特徴的な幅の狭い頭を見つけた。
「らくーち、いたーっ!」
楽市は近くの山頂に、角つきを降下させる。
そこでパーナとヤークト、そして松永を降ろした。
がしゃを見上げる二人と一体に、楽市が眼窩から手を振る。
「すぐ戻って来るから、そこで待っててね。
松永は、パーナとヤークトを守ってあげてっ」
「いってきまーすっ」
「いってくるーっ」
「やってくるーっ」
「くーるーっ」
角つきがひと扇ぎすると、山頂に突風が吹き荒れた。
その風を松永の巨体で避けながら、パーナが手を振る。
「いってらっしゃい、お気を付けてーっ」
ぶるるるるっ
松永が飛び去る角つきを見て、不安そうに鼻を鳴らす。
松永は巨樹で五日間ほど、一人ぼっちだったのだ。
そのためまた置いてけぼりに、されるのではないかと、その巨体で心配していた。
ヤークトが、そんな松永の首を撫でる。
「大丈夫ですよ、マーナカさん。
今度はちゃんと帰ってきますから、寂しがらないで下さい」
初めは恐ろしい肉食獣だと思っていたが、一緒に過ごしていると、そうでもなくなる。
そうなると、こんな美しい獣も、そうそう居ないと思えてしまう。
今などは不安そうに空を見上げて、怖いというよりも可愛いではないか。
「マーナカさん。
ラクーチ様が帰ってくるまで、あたしとパーナを守って下さいね」
ヤークトはそう言って松永の首に抱きつき、灰色の毛に頬をうずめた。
*
飛翔する角つきの眼窩にかじりつき、霧乃たちが騒ぎ出す。
「らくーち、見えたっ!」
「いたぞ、らくーちっ!」
「あーぎ、やりたいっ!」
「たーいっ!」
楽市も下を覗くと、魚型がしゃが尾ヒレを引きずりながら、東へ向かうのが見えた。
その先にダークエルフ軍が居るのだろうが、木々が邪魔して姿は確認できない。
別に確認できなくてもいい。
ダークエルフなど、どうでも良かった。
楽市は角つきに手を当て、指示をだす。
「あの子の、正面に降りて」
そして、子供たちにも指示をだした。
「霧乃、夕凪、朱儀、豆福、
あんたたちは、がしゃが降りたら、あたしが戻って来るまでに準備しといて」
「らくーち、どっか、いくのか?」
夕凪が聞くと、楽市はうなずく。
「一回、魚がしゃに取り憑いて、話をしてくる。
話せば素直に、帰ってくれるかもしれないから」
「えー、むりだよ」
「どーせ、トリクミだぞ」
「そうだ、そうだっ」
「だーっ」
「いいから、準備だけしといて」
楽市はそう言いって狐火となり、がしゃが着地する前に眼窩から飛び出した。
魚がしゃの白い後頭部に向かって、一直線に降りていく。
巨大な白い壁にスポンと入ると、魚がしゃの運動機能を支配した。
楽市には突然体が動かせなくなった、魚がしゃの苛立ちが伝わってくる。
楽市は出来るだけ、優しく話しかけた。
(ごめん、急に取り憑いちゃって。
ほらあたしだよ楽市、分かるでしょ?)
楽市は話しかけながら、心象で自分の姿を魚がしゃに送る。
しかし魚がしゃからは、まともに反応が返ってこなかった。
伝わってくるのは、取り憑かれた怒り。
そして、ダークエルフへの怒りである。
そんな魚がしゃの前に、角つきがゆっくりと降りてきた。
すると魚がしゃは、一層興奮し始める。
角つきに対しての闘争心が、魚がしゃの中で荒れ狂い始めた。
ベイルフで対峙した、四足獣がしゃと同じである。
はかばーから飛び出して、生者への殺意を思う存分に爆発させたいま。
魚がしゃは、ノリに乗っていた。
自信過剰で何でもできると思っている者に、説得など無意味である。
(ねえ、がしゃ聞いてっ、
ダークエルフなんか放っておいて、はかばーに帰ろっ)
言葉にならなくても、魚がしゃの膨れた自尊心が、楽市に繰り返しぶつけられる。
言葉で表せば、
うるせー、
うるせー、
うるせーギョギョ、
俺つえーギョギョ!
(がしゃ……)
楽市は話を全く聞いてくれず、一方的に感情をぶつけてくる、魚がしゃの説得をあきらめた。
楽市は、狐火になり戻っていく。
目の前の角つきは、手足を上げたり下げたりしている。
おそらく朱儀が、動作確認しているのだろう。
すぽん
角つきに入ってきた楽市は、頬っぺたを膨らましてムスッとしていた。
そんな楽市に、霧乃たちが集まってくる。
(だから、いったのにー)
(なー、いったのになー)
(らくーち、やろやろっ)
(やーろーっ)
(殺しちゃ、だめだからねっ)
(分かってるって、よしみんな、トリクミだよっ)
(らくーちは、がんばった、気にすんなー)
(きに、すんなー)
(なー)