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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第3章 カルウィズ天領地
153/683

153 「ざまぁ、ですか?」 「ざまぁだよっ」


嗅いだことのない、良い匂いがする。


霧乃の目の前には大きな葉っぱや、紙のような薄い木の上に、様々な肉料理が並べられていた。


霧乃はどれから食べようかと、目移りしたが、まずはこれぞ肉といった感じの串焼きを手にする。

大ぶりの肉が、串に四つ刺してある物だ。


夕凪たちも同じ考えのようで、みんな串焼きへ真っ先に手を伸ばした。

やはり食べ慣れた物に、近いものを選んでしまう。


ここは、野生に生きる者の慎重さが出ている。


霧乃は期待が膨らむものの、いつものノリで肉に(かじ)りついた。

その瞬間、霧乃に電流が走るっ。


「んーーっ!」


尻尾をパンパンに膨れ上がらせ、目を丸くして思わず夕凪を見た。


夕凪も口にいっぱいに、頬張りながら霧乃を見ている。

夕凪の尻尾もパンパンだ。


肉の旨味とは別に、その旨味を引き立てる刺激。

そして、鼻から抜ける濃厚な香り。


それらは妖しの子が、初めて体験する塩の刺激、そして獣脂を醗酵させたペーストの香りだった。


霧乃と夕凪は口の中で爆発した大事件を、どう表して良いのか分からなくて、立ち上がり暴れた。

いや、踊りだろうか?


「ん゛ーーっ!」

「ん゛ーーっ!」


二人の間に座っていた、朱儀と豆福も立ち上がっている。

朱儀も口いっぱいに頬張って、手足をバタつかせた。


「んふーーっ!」


豆福は小さな両手に、肉を挟みながら小躍りする。


「あー、なーにっ、これーっ!?」


子供たちは河原の石をガチャガチャと踏み鳴らしながら、喜びを表現した。


「ん゛ーっ! なにこれ、すっごいあまいっ!」

「ん゛んーっ! すごい、すごい、あまーいっ!」

「んふーっ、くふうっ!」

「なーにーこーれーっ!?」


霧乃たちの“あまい”は、旨いの意味である。


パーナとヤークトは、子供たちのハシャギようを見てあっけに取られてしまう。

そして楽市の反応にもまた、驚かされるのだった。


楽市は目を潤ませながら、喜びを噛みしめている。

ムネ熱で肉を頬張って、うなずいていた。


「んー、ぐす、んー、味がする……

これで、お酒があればなあ……ぐすっ」


なんとツァーグでは、屋台で酒を売っていなかった。


地方の習慣は色々とあるが、ツァーグでは酒を屋台で売らない。

酒とは、酒場か自宅で飲むものらしい。


まさか松永を連れて、酒場に行くわけにもいかず、今回は泣く泣く諦めたのだった。


「ぐすっ……」


「ラクーチ様?」

「えー!?」


パーナとヤークトはかつてこれ程までに、屋台の料理で喜ぶ者を見たことがない。


確かに旨いのは分かる。

しかし、それほどのモノなのか!?


二人がジッと見つめていると、楽市が手を差し伸べて、パーナとヤークトにも促した。


「さあ……おたべ、ぐすっ、おたべよお……」


言い方が何だか、お祖母ちゃんみたいだ。


「あ、はいっ、では……」

「それではっ」


パーナとヤークトは勧められるまま、手前にある揚げ物を手にして食べる。


二人も空腹なので、確かに旨い。

しかし言ってみれば、屋台の馴染みの味でフツーだった。


「あまいーっ!」

「あまーいっ!」

「あま、あまっ!」

「ままーっ!」


楽市は“あまい”を連呼し、手当たり次第に貪り始めた野生児たちを見る。


その喜びようにうなずきながら、脇に置いてあるオレンジ色の果物を手にした。


オレンジ色で目立つのだが、明らかに肉料理ではないので、霧乃たちは完全に後回しとしている。


形はバナナに似ており、楽市も初めて見るが、甘く漂う匂いからしてこれは間違いないと思われた。


皮をペロリとむき、少し千切って頬張ってみる。


そして大きくうなずく。

楽市は、狂乱の子供たちに語りかけた。


「よし、君たちに、真の甘いを教えてあげよう」


「ん、なになに、しん?」

「なんだー、らくーちっ」

「らくーち、これ、たべてみてっ!」

「らくーち、これーっ!」


楽市は朱儀と豆福が無理やり突っ込んできた、肉を頬張りながら、バナナモドキを小さく千切って手渡していく。


「もご、はいこれ。

モグモグはいどーぞ、それじゃ、いっせーのせで食べてみて」


――いっせーのーせ、 パクリ


「ん゛ーーっ!」

「ぐぐーーっ!」

「ぶふーーっ!」

「あはーーっ!」


その直後子供たちはバナナモドキの取り合いをして、また皆で踊り出すのだった。



    *



狂乱の宴のよこで、パーナとヤークトは普通に食べることにした。


食べながら楽市が落ち着いてきた所を見計らって、ヤークトはツァーグでのことを尋ねる。


「ラクーチ様、先ほど兵士から聞いたことなのですが……」


「もぐもぐ、あっそうだったよね、話さなきゃね。

えっと、あれはどうかと思ったよ」


がしゃがツァーグを襲撃したとき、まず獣人兵が対応した。

しかし、がしゃが近付くだけで、獣人は次々と行動不能に陥ってしまう。


瘴気に侵され体の動かぬ獣人兵のよこで、ダークエルフ兵だけがピンピンしていた。


そこで必然的に、がしゃ対ダークエルフの戦闘が始まったのだ。

だがダークエルフの攻撃は、ことごとく効かなかった。


楽市は苛立たし気に、尻尾を左右に揺らす。

 

「だからって、フツーは部下を置いて逃げないでしょ。

どうなってんの、ダークエルフって!?」


「それは……その」

 

ヤークトは、複雑な気持ちになる。

楽市に付いて行こうと決めたものの、まだダークエルフを敬う気持ちが、抜けた訳ではないのだ。


恐らく今後も、完全に抜けることはないだろう。


獣人はダークエルフの部下である以上に、盾なのである。

ヤークトがまごついていると、楽市が気持ちを先回りした。


「分かってるって、それがフツーだって言うんでしょ。

そこら辺は、ナランシアから散々聞いたよ。


それでも納得いかないものは、納得いかないってのっ」


「ナランシア……さんですか?」


楽市と獣人の話をすると、何度かその名が出てくる。


「まああたしは、がしゃの方を心配しているし、そのがしゃが獣人を襲っているんだから、言えたことじゃ無いかもしれないけどさ」


楽市はそう言って、頬を膨らませる。


「ラクーチ様……」

 

「でもさダークエルフは、がしゃに対して勘違いをしているんだよ」

「勘違い?」

 

「がしゃは、あたしの居た所じゃ、

怨霊とか、

悪霊とか、

妖しとか、


色々と呼ばれているんだけど、ざっくり言ってアンデッドだよ。

 

ダークエルフは、そのアンデッドの習性を軽く見ている。

アンデッドは、より元気なヤツを襲うんだ。


それともう一つ。 

殴ってきた相手を、そうそう許すわけないでしょ?

アンデッドが」


アンデッドは、より生命力の強い者を憎む。

だから足元で転がっている死にかけより、遠ざかろうとする生きの良いヤツを追いかける。


しかもそいつらは、散々アンデッドを殴っておいて逃げるのだ。


「ダークエルフは獣人をエサにして、逃げたつもりだろうけど、それが結果的にツァーグの獣人を助けることになったんだ。


生命力の強い獣人は死にかけたけど、死にはしなかったんだよ。

  

時間をかけてゆっくりと回復して、今のツァーグがある。

皮肉だよね、ざまぁとか思うけど」


「ざまぁ、ですか?」

「ざまぁだよっ」


尻尾を膨らませプリプリ怒る楽市をみて、ヤークトは思わず笑ってしまう。

まだ回収の旅が、一日も経っていない。

 

それなのにこんな近くで主の、

楽し気な顔、

寂し気な顔、

泣き顔、


そして、怒り顔を見てしまった。

表情のコンプリートである。


何て濃い一日なのだろうと、ヤークトは思った。

これからもこんな毎日が続くのかと考えたら、思わず笑ってしまったのだ。


「ラクーチ様」

「ん」


「あたしも、そう思います……ざまぁです」


ヤークトはそう言って、串焼きを頬張った――














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