152 それじゃあ、みんなで、いただきますっ
地表を泳ぐ「魚型スケルトン」が、この世界には存在する。
そのアンデッドは身体を縦にして、尾ビレを引きずりながら天を向く。
この世界で星への眼差しと呼ばれる、レアなスケルトンである。
通常は体長十五センチ程しかなく、最弱スケルトンの一つだが、はかばー産のスターゲイジーは優に体長十五メートルを超える。
月明かりの夜。
スターゲイジーは巨大な尾ビレを引きずりながら、ツァーグの城壁に体当たりをした。
鐘の音のような激突音を響かせて、城壁をいともたやすく破壊してしまう。
その破片は内側へ吹き飛び、一メートルを超える城壁の石材が、ツァーグの民家へ雨のように降り注いだ。
ツァーグに駐屯していたダークエルフ軍には、千里眼が配属されていない。
そのためスターゲイジーの発見が遅れて、一般獣人への通達が後手にまわり、街へ降りそそぐ石材の雨が、警報がわりになってしまう。
軍による攻撃魔法が、街の夜空に色とりどりの光の軌跡を描き、スターゲイジーに着弾する。
火属性、
聖属性、
強酸の魔法。
的がデカイだけに、アンデッドに有効とされる魔法が面白いように当たった。
しかしスターゲイジーは鳴くことも無いので、攻撃魔法が効いているのかどうか、いまいち良く分からない。
ダークエルフ軍に配属されている、アシュ・ラ級ストーンゴーレム十七体が、スターゲイジーに襲い掛かる。
体長三メートル程のストーンゴーレムは、腕が六本あり、それぞれに巨大なミスリル製の戦斧を持つ。
岩をも断ち切るそのパワーで、アンデッドへ果敢に接近戦を挑んだ。
しかしスターゲイジーは、その巨大な尾ビレを箒のように使い、ストーンゴーレムを掃いて吹き飛ばしてしまった。
尾ビレの当たる衝撃で粉々になったストーンゴーレムたちは、民家に突っ込み、民家の瓦礫と混じり分からなくなってしまう。
すると、ダークエルフ軍はどうしたか?
獣人たちを置いて、逃げたのである――
*
楽市たちは獣人兵から情報を抜き出したあと、ツァーグの街を出た。
角つきがしゃの元まで戻り、近くの河原で一休みする。
「うふふっ」
「いひひっ」
「へへへっ」
「ふあーっ」
「ちょっと、あんたたち……くふふ待ちなさいよ……うふふふっ」
ランタン代わりに狐火を浮かばせて灯りを確保すると、楽市たちは松永にくくり付けていた大量のお土産を、河原へいそいそと並べ始めた。
辺りには焼いた肉の匂いと、様々な香辛料の香りが広がっていく。
楽市と妖しの子たちのテンションが、明らかにおかしい。
「やばーいっ!」
「らくーち、どうしよう、これーっ!」
「これ、おにくなのっ!?」
「おーにーくーっ!」
「ぐす……あんたたち、ちゃんと頂きますしてからでしょ……ぐすっ」
楽市などは何か熱いものがこみ上げてきたようで、鼻声になっている。
楽市の心情が理解できないパーナとヤークトは、正直言ってドン引きした。
「あの、ラクーチ様、大丈夫ですか?」
ヤークトが恐るおそる伺うと、楽市が潤んだ瞳をクリクリさせうなずいた。
「うん、だいじょうぶっ」
その表情が小動物のようで、ヤークトは――あ、ラクーチ様かわいい――などと思ってしまう。
河原にはツァーグの屋台で買った、様々な肉料理が並べられていた。
傍で丸くなる松永の前にも、羽をむしられた焼く前の丸鶏が、十五羽置かれている。
松永は口の端からよだれを垂らしながら、楽市の合図を待っていた。
松永は、けっこう律儀なのである。
これらは全て、三人の獣人兵の奢
りだ。
三人の財布が、空っぽになるまで奢ってくれた。
まあ進んで奢ったかどうかは、分からないが……
ツァーグを出る前に、楽市は獣人兵の一人と腕を組んで、屋台をまわっていた。
屋台の親父さんが奇怪な服を着た、とんでもない美人に目を丸くすると、その美人が獣人兵の腕を引き寄せニッコリと笑う。
「おじさん、こんばんわ」
腕を組まれた獣人兵の頬が、謎の力で強制的に赤く染まった。
他の二人の獣人兵も、子供たちと両手を繋ぎながら、謎の力で強制的に顔を赤らめていた。
こっちはちょっと、犯罪案件ぽい。
松永を連れていても、その横で獣人兵がデレデレして、美女と腕を組んでいると大分印象が違ってくる。
街の獣人たちは警戒心が薄れて、ただの野次馬の目になった。
さらに霧乃たちと手を繋いで、顔を赤らめる獣人兵など見たときには、眉をひそめて獣人兵をにらむ者も出てくる。
こうなるともう、松永よりも獣人兵に目が言ってしまうのだ。
屋台の親父さんは獣人兵たちに「まったく、こいつらは」と言った、視線を送りながら商売に徹した。
積極的に、何でもかんでも買わせようとする。
楽市もそれに乗っかり、アレコレと注文しまくった。
楽市はそうやって何件もの屋台を、はしごして行ったのである。
その成果が、いま河原に広げられていた。
「それじゃ、みんな手を合わせて――」
楽市がそう言うと、霧乃たちが手を合わせた。
パーナとヤークトが何の事かと戸惑っていると、夕凪がヤークトの手を、朱儀がパーナの手を取って合わせてあげる。
「こっちと、こっちを、こー」
小さな手で一生懸命に教えてくれる朱儀へ、パーナが微笑んだ。
「ありがとう、アーギさん」
「へへへ」
「じゃあいいかな?
それじゃあ、みんなで、いただきますっ」
「「「 いただきまーすっ 」」」
「まーすっ」
「えっ、まーすっ」
「あっ、まーすっ」