151 良かったなお前、にっこり
角つきがしゃを山中に隠し、楽市と妖しの子たちは、火の玉となって夜の森を舞いすすむ。
その後ろを、松永が付いていった。
背中には、パーナとヤークトがしがみ付いている。
松永は背を揺らさず、音もなく滑るように走った。
聞えるのは、木々が流れ去る風の音のみ。
森は星灯りを通さず、闇に包まれてほとんど見えない。
暗闇なため、遠近感が奪われてしまう。
パーナとヤークトには、闇が果てしなく広がっているように感じられた。
初めは振り落とされないよう、しがみ付くので精一杯だった二人だが、獣人としてのバランス感覚で、だんだんと余裕が出てくる。
パーナとヤークトの先で、揺れる五つの光。
四つの小さな光が楽しげに、大きな光の周りを飛び交う。
小さな光はちょっかいを出すため、大きな光のすれすれを飛ぶ。
大きな光が追いかけると、小さな光は散りぢりになって逃げた。
そうかとおもえば、直ぐに戻ってくる。
「ふふ、何だか楽しそう」
「そう言うパーナも、楽しそうだね」
「そう言うヤークトだって、そうでしょ」
「まあね、あたしさ今度の定時連絡で、シノさんに相談しようと思うんだ。
あの気付きのこと」
「シノさん? 私まだちょっと怖いかも、だってエルダーリッチなんだもん」
「大丈夫、あたしが聞くから」
「ヤークトってそういう所、凄いとおもう」
「ん、そうかな?」
*
ツァーグに着くと、がしゃが壊したであろう、城壁がまず目に入った。
楽市たちは狐火から元の姿に戻り、暗闇に乗じて崩れた城壁から街へと入る。
確かにそこには、がしゃが暴れた爪痕が残っている。
闇夜で分かりづらいが、多くの家屋が崩壊し、無残な姿をさらしていた。
しかしそこから一歩、崩壊を免れた区画へ入ると――
街中で巨体の松永を連れて歩くと、街の復旧にいそしむ獣人たちが目を丸くする。
通りには数多くの魔法のランタンが、吊り下げられて煌々と輝いていた。
獣人たちは疲れた顔をしてはいるが、日が暮れてもなお精力的に働いている。
楽市は、獣人たちの視線を浴びながら首をかしげた。
「え、なんで?」
ベイルフの事を考えると、損害が少なすぎる。
皆殺しになっていても、おかしくないはずだ。
楽市たちがボケッと立っていると、獣人たちがどんどん通りで立ち止まり、人垣ができ始めた。
皆おっかなびっくり、松永を見ているようだ。
松永が視線を嫌がりブルルッと鼻を鳴らすと、それだけで周りからどよめきが上がった。
じろじろ見る獣人に、霧乃たちも腹を立てる。
「なんで、きりを、見てるのっ!?」
「すっごい、見てるぞ、やなかんじっ」
「う゛ーやだー、これーっ」
「みーなーいーでーっ!」
四人はピッタリと、楽市へくっついてしまう。
「ラクーチ様、どういう事なのでしょうか?」
ヤークトが街の軽傷っぷりに首をかしげ、楽市に尋ねる。
しかし聞かれた楽市の方が、どうなってんのと聞きたいくらいだ。
そうこうしていると人垣を搔き分けて、街を警備する獣人兵が三人やってきた。
獣人兵は松永を見て色をなし、楽市たちに詰問する。
「貴様たち、何者だっ!」
「えー」
楽市は何者だと言われても、あんまり名乗りたくない。
楽市が露骨に嫌な顔をすると、獣人兵が詰め寄り腰の剣に手をかける。
「何だ、その顔は貴様っ!」
「えー、顔って、えー」
すると霧乃たちが獣人兵の敵意に反応して、感情のギアが一気に上がり、楽市の後ろから飛び出して来た。
「なんだ、このっ!」
「カチンと、きたっ!」
「ぐるるるっ!」
「ぶあーっ!」
更に松永がワザと足を踏み鳴らし、大きく前に出た。
三人の獣人兵の前で、ゆっくりと一本角をくゆらす。
獣人兵は触れれば血のにじみそうな切っ先に、目が釘付けとなり最初の勢いが吹き飛んでしまった。
声を落として、詰まりながら誰何する。
「ただ……何者かと……聞いているだけだっ。
名乗れないのかっ」
「あたしたちは、別に怪しくないですよ。ただの旅の者です」
楽市がそう言うと、獣人兵の眉間のしわが深くなる。
そんなこと言われても、信じられる訳がない。
目の前の女は見慣れぬ奇怪な黒服をきて、周りの子供たちも黒ずくめだ。
そしてこの、見たこともない巨大な獣。
こんなモノを引き連れて「怪しくない」などと、よく抜け抜けと言えたものだ。
それに、白いローブを来た……
「ん、そのローブは千里眼か!?」
獣人兵たちは自分たちに所属する者を見て、いささかホッとしたようだ。
彼らは楽市に聞かず、ヤークトに聞き直した。
「お前たちは、どこの所属だっ」
「私たちはベイルフの者です。
この街は巨大なアンデッドに、襲われたのでは無いのですか?」
「貴様っ、今はこっちが聞いているのだぞっ!」
獣人兵がヤークトにすごむと、霧乃たちがまたカチンときて前に出る。
そして松永も鼻を鳴らした。ブホーーッ
鼻息にひるむ獣人兵たち。
ヤークトが再度たずねた。
「もう一度、お聞きします。
ここで、何があったか教えて下さい」
「きっ、貴様あっ!」
獣人兵は顔を真っ赤にするものの、ジリジリと下がっていく。
そこへ、楽市が割って入った。
「ごめん、面倒くさいやり取りは、今できないの」
そう言って獣人兵の一人につかつかと近付き、その頬に触れた。
すると獣人兵の力が抜けていき、楽市の前で両膝をついてしまう。
「頭の中で考えるだけで良いから、ねえここで何があったの?」
他の二人が仲間をやられたと思い、楽市へ襲い掛かろうとする。
しかし松永が、一人を咥えて宙に浮かせた。
「うわああああっ!」
もう一人は霧乃たちが取り囲み、唸り声を上げる。
「ぐるるるるっ」
「らくーち、こいつ、コロしていい?」
「あーぎ、やりたいっ」
「たーいっ」
「殺しちゃ駄目」
楽市にぴしゃりと言われて、四人がむくれた。
霧乃が囲んだ獣人兵に、「良かったなお前」といった感じの暖かな目を向ける。
だが霧乃の尻尾は、怒りをはらんでパンパンのままだ。
幼女に見つめられて、獣人兵がブルリと震えた。
自分の腰位までしかない幼女に、震えるなどあり得ないことだが、本能がしっかりと相手の恐ろしさを感じ取ったのだ。
楽市の前に跪く獣人兵が、大量の脂汗を流している。
頬に触れた手のひらが、自分の顔と一体化しているからだ。
「ごめん、怖がらせる気ないんだけど、あたしたちも色々とあって困っているの。
じゃあ……教えて」
楽市は、そう言いニッコリと笑う。