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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第3章 カルウィズ天領地
149/683

149 この方は少し、甘いのではないか?


楽市から指示を受けて、角つきがゆっくりと骨の翼を広げる。


骨だけで何も張られていない代物だが、ここに力場を発生させると、つま先がフワリと山頂から離れた。


一度大きく羽ばたいて、砂礫を吹き飛ばしながら上昇する。


更にあおいで、東へと進路をとった。

夏の日光を、ツルツルのデコで跳ね返し大空を舞う。


「みてー、らくーち、これみてーっ」


角つきの頭蓋内で、霧乃が大変に興奮して尻尾を膨らまし、紙とペンを指差していた。

興奮しているのは、霧乃だけではない。


他の妖しの子たちも皆、食い入るように、紙の上で動くペン先を見つめている。

ペンを持つパーナとヤークトは、嬉しそうに花や動物を描いてみせた。


楽市はそれを見て、ニンマリする。


「そっか、あんたたち、紙とかペンとか初めて見るもんね。

どう? びっくりした?」


「びっくりしたっ!」


霧乃が獣耳をピンと立て、素直に驚いている。

夕凪たちがパーナとヤークトの手元を覗き込んで、しきりに、いーなーと繰り返した。


「なんだこれ、すごいっ、いーなーっ」

「いーなー、あーぎも、いーなーっ」

「まめもっ、まーめーもーっ」


「ふふ、では皆でやりましょう」


そう言ってヤークトは、背嚢からあるものを取り出す。

手に握られていたのは、手のひらサイズの黒くて細い棒だった。


「これは、自動筆記に使う替え芯です。

インクを使うペンは一本しかないので、こちらを使って下さい」


「わー、いいのっ!?」

「やくーと、いいのっ!?」

「らくーち、もらったーっ!」

「わー、らくーちっ!」


「え、貰っちゃっていいの? ごめんねヤークト。

ほら、あんたたち、ありがとう言った?」


楽市に指摘された霧乃たちが、キラキラとした目でヤークトを見つめる。

 

「あっ、ありがとうっ!」

「やくーと、ありがとうっ!」

「ありがとっ!」

「とーっ!」


「ふふ、はいどうぞ。

ラクーチ様も、いかかですか?」


「えっ、あたしもいいの? ありがとうっ」


楽市は余裕ぶってクールに見せてはいたが、その実、興味津々で身を乗りだして見ていたのだ。


そこに気付いていたヤークトが、自分も欲しいと言い出せない楽市に、助け舟を出してくれた。


楽市は努めて冷静に振舞おうとしたが、口元がゆるゆるである。

余程、嬉しいのだろう。

尻尾が元気よく、揺らされていた。


紙はパーナからもらう。

パーナも皆からありがとうと言われて、ふっくらしている。


霧乃たちは骨の床に寝そべって、紙に替え芯でグリグリとやり始めた。

松永が、子供たちの傍で丸くなっている。


楽市はその光景を、ニヤニヤしてながめた。

霧乃たちが夢中になって何かをやり、その傍で松永が見守るように丸くなる。


ベイルフにいたのは、ほんの数日でしかなかったが、もう随分と久しぶりのような気がした。


楽市は紙と替え芯を持ったものの、何も書かずに指の腹で、紙の表面を撫でている。


「紙とペンか……ふふふ」


今はこうして当たり前のように触れてはいるが、少し前までは直接持つことが出来なかったのだ。

その期間は、百年や二百年ではきかない。


ふと何か、遠くを見る目つきになる。

何とはなしに、パーナたちに話しかけた。


「時の移り変わりって、早いじゃない?

だからさ、参拝者(ひと)の言ってることが、よく分からないって結構あるんだよね。


そういう時は、その人の言ってることを、必死に書き留めてさ、後で調べたりしてたんだよね。

……もう昔のことだけど」


「「 ? 」」


パーナとヤークトは、楽市の言っている意味がよく分からず、首をかしげた。


「あはは、ごめんっ何でもないよ。

さあて、何を書こうかなー」


楽市が何やら考え、替え芯を動かしはじめた。 


ヤークトは、その横顔をジッと見つめる。

何だか今が、ちょっと気になっている事を聞くチャンスな気がした。


「あの、ラクーチ様……」

「ん、なに?」


楽市は、紙に向かいながら返事をする。


「あの、ガシャが数多く、北の森から外へ出たと聞きました。

そしてそれを、ラクーチ様が回収することも」


「うん」


「その、ラクーチ様とガシャは、どのような御関係なのでしょうか?」

「え? ごかんけい!?」


楽市の部下ならば、今回のことは楽市が対ダークエルフのために放った、アンデッド軍だろう。

しかし楽市は、回収すると言う。


どういう事なのか?

楽市の命令で、動いている訳ではないという事か?


では、部下ではない?

しかし楽市は回収すると言っているので

、全く関係ない訳でもなさそうだ。

一体どういう、繋がりなのだろうか?


ヤークトは主従に拘る獣人種として、そこがどうしても気になってしまうのだ。


ヤークトが質問した時、その内容にパーナが目を丸くした。

前回もそうだが、ヤークトはよく聞きづらい事を、聞くものだと驚いてしまう。


楽市の答えによっては、楽市がガシャに指令を出し、獣人を大量虐殺する気だと聞くことになる。

それを、獣人である自分たちが聞くのだ。


聞いたあとに、どの様な顔をすれば良いのか、パーナには分からなかった。

そこら辺がモヤモヤしていたが、パーナは聞くのが怖かったのだ。


それをヤークトは、あっさりと聞いてしまった。


パーナは大変驚いたけれど、やはりそこは自分も気になっている所。

楽市が何と答えるか、固唾をのむ。


「う~ん…」


聞かれた楽市は、手を止めて首をかしげた。

どう言ったものか、悩んでいるようである。

少し間をおいて、簡潔に答える。


「森の仲間だね」

「部下では、ないのですか?」


「部下……では、ないなあ。

でも、このがしゃみたいに、あたしのことを一目置いてくれてはいるけどね」


そう言って、骨の床をポンポンと叩いた。


「部下でもないのに、回収するのですか?」


「うーん、よく分かんないけど、今回沢山のがしゃが、なぜか森の外に出ちゃったんだよ。


でさ、あの子たちって生者が大嫌いなんだよね。

だから今頃、色んな所で大変なことになっていると思う」

 

そこで言葉を区切ると、ヤークトが目を伏せた。


ヤークトはおそらく、犠牲となる獣人を思ったのだろう。

楽市は、そんなヤークトを見つめながら続ける。


「ごめんね、悪いけどあたしは獣人の事より、がしゃの事を心配しているんだ」

「がしゃ、ですか?」


「うん、がしゃの中には、小さくて弱い子もいるんだよ。

だからあたしは、その子たちを助けてあげたいんだ」


「……もう一つだけ、お聞かせください。

今回の件は、ラクーチ様が命令した訳ではないのですか?」

 

「してないよ」

「そうなのですか……」


それを聞いて、ヤークトはうつむいてしまった。


「ごめん、ヤークトから見たら身勝手な話だよね。

こっちから襲っといてさ」


楽市はキキュールの顔を思い出しながら、ヤークトに再度あやまった。


「ごめん、ヤークト……」

「いえ、ラクーチ様、謝らないで下さい。

あたしは、確信しました」


「ん、何を?」

「やはり獣人種は、ラクーチ様の下に、集わなければいけませんっ」


「はっ!?」


楽市には分からない、

この世界でダークエルフの都合のために、どれだけの獣人たちが無駄に死んで来たかを――


「パーナ……」

「うん、分かっているよ、ヤークト……」


二人が静かに、燃え上がっている。


「え、ちょっと、どうしたの!?」


楽市には分からない、

そのような世界で主である者が、従者でさえない者を助けようとするなど、どれだけあり得ない事であるかを――それも主自身でだ。

それも単騎である。


お人好しとしか言いようがない。

そんな馬鹿げた事をする主など、聞いたことがない。

そして、同じ獣人種の主なのである。


もうこの機会を逃がしたら、この世界には未来永劫、獣人のための獣人の主は出てこないだろう。

ヤークトはそう感じた……そう確信してしまった。


 

――こんなお優しい方は、もう二度と現れない

 

 

「パーナっ」

「うん、分かっているよ、ヤークトっ」


「えっ、ほんとちょっと待って、なに!?」


パーナとヤークトは獣耳をパタパタと動かし、楽市を熱く見つめる。

楽市は二人に見つめられて、ドギマギしてしまった。


「あ、あれ? あたしの顔に、何か付いてる!?」


二人共とっても可愛いので、同性でも顔が赤くなってしまう。


パーナとヤークトは、楽市とまだ出会ったばかりである。


しかし楽市と子供たちのやり取りを見ていて、なんとなく薄々感じていたことがあった。


この方は少し、甘いのではないかと――


「パーナっ」

「分かってるってっ、ヤークトっ」


――私たちが、しっかりしなければっ












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