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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第3章 カルウィズ天領地
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148 ブランコソムリエ、豆福


角つきは山の頂にたち、どこまでも続く山並みを眺めていた。


空は狂ったように青く、森は匂い立つほどに濃い緑だ。

真上近くから太陽が、白い輝きをこれでもかと降り注いでくる。


炙られた大地からは水分が蒸発して、遠くにある山並みは白く霞んでいた。


獣人が見たならば広がるパノラマに心打たれて、その深山信仰を熱く燃え上がらせるだろう。


しかし、角つきは違った。

ただ、眺めているだけである。

 

今は主たちの指示を待ち、待機しているところだった。

さてその主たちは角つきの頭の中で、何をしているかというと――




「これ、なにしてるの?」


夕凪がヤークトを見て、楽市に尋ねた。


「ん? 捜してもらっているの」

「んー?」


夕凪は、楽市の言っている意味が飲みこめない。

先ほど聞いてはいるのだ。

今は魔法を使い、捜しているのだと。


しかしである。


“捜す”という言葉と、目の前のヤークトがどうしても頭の中で繋がらない。


夕凪は首を傾げて、ヤークトを見つめた。

ヤークトは角つきの眼窩のへりに、背中をあずけて座り込んでいる。


目は半開きで、焦点が合っていない。

口元はなぜか、薄く笑っていた。


何がおかしいのか?

その隣ではパーナも同じく座り込み、意味のわからぬ薄笑いを浮かべている。


「う~ん……」


納得のいかない夕凪の横から、松永も鼻をつっこみ、新入り二人の顔を覗き込んだ。


ブホーーッ!


パーナの前髪が浮き上がるほど匂いを嗅いだのち、その顔をペロリと舐める。

パーナに反応はない。

ぼんやりしたままだ。


夕凪も松永を真似して、ヤークトをペロリと舐めてみる。

ヤークトも反応がない。

夕凪がもう一度、楽市に尋ねた。


「ねてる?」

「寝てないよ」


「ええー!?」


夕凪がどうしても理解できず、頬を膨らませていると、ヤークトが身じろぎをした。


夕凪にペロリとされて、起きる――寝てない――わけではないが、ヤークトの目の焦点が合っていきパチクリと瞬きをした。


ヤークトは目の前に、夕凪の顔があることに気付く。


「あっ、ウーナギさんっ。

ずっと、あたしの顔を見ていたのですか!?

恥ずかしいですっ」


ヤークトがそう言って頬を染めて横をむくと、視界にベロベロと舐め回されるパーナが入った。


「ひっ!」


よだれだらけのパーナにも驚いたが、やはり松永に驚かされる。


ペロリと舐めるたびに、口元から覗く牙の列が恐ろしい。

一本いっぽんが、ちょっとしたナイフのようで寒気がする。


その額からは立派な角が生えており、切っ先は触れると血が出るほどに鋭い。

体躯も森でよく見るモースなどとは、比べられぬほどガッシリして大きかった。


ヤークトはこんな獣が森には居るのかと、驚かされるばかりだ。


楽市からは、「マツナガ」と紹介されていた。

角つきがしゃの頭の中はかなり広いのだが、松永がいると狭く感じる。


ヤークトがあっけに取られて、ペロペロする松永を見ていると、松永はヤークトの顔も舐めた。


「ひいいっ!」


それを見て、楽市が苦笑いする。


「あー、ごめんね。

あたしも最初の頃は、よく舐められたから。

そのうち飽きるからさ、気にしないで」


楽市に気にするなと言われたら、仕方がない。

ヤークトは、気持ちを切り替えて楽市を見つめた。


「ラクーチ様、見つけました」

「ほんと? ありがとうヤークトっ」


「……っ!」


ヤークトは、思わず鼻息が荒くなってしまう。プスーッ


憧れの方のお役に立てることが、何よりも嬉しかった。

しかし小躍りしてはいけない、はしたない事である。

 

今は鼻息ていどに抑えて、後で噛みしめよう。

ヤークトはそう思う。

それでも尻尾は、どうしても揺れてしまう。

 

ヤークトは耳を真っ赤にして、自分の持ってきた背嚢に手を突っ込んだ。


取り出したのはペンとインク、それと紙である。

慣れた手つきで紙の上に、ここら辺の地形図を描いていく。


「ここが現在地です。

そしてこの位置に細く続く木々の枯れた、道のようなものがありました。


おそらくラクイチ様の言っていた、ガシャの通った跡だと思われます。

道はずっと東へ、向かっていました。

  

見つけた地点の距離は、ここから三十キリルメドル(キロ)でしょうか」


「キリルメドル? そっかありがと、助かるよヤークト」

「いえそんな……」プスーッ 


楽市は距離の単位が良く分からないけれど、方向さえ分かれば良いのである。

別に歩いて行く訳ではない。


楽市は角つきの眼窩のフチに手をついて、下で作業する霧乃たちへ声をかけた。


「おーいっ、出発するよーっ」


角度的に見えないが、角つきの顎の下から霧乃の声が返ってきた。


「わーっ、らくーち、まってー!

もうちょっと、だからっ。

あーぎ、そっちはどう?」


「うん、もう、ちょっとー」


霧乃たちが何をやっているのかと言えば、角つきの肋骨の内側に、ブランコの取り付け作業を行っているのだった。


そのブランコは、巨樹に取り付けていたブランコである。


しばらく角つきが自分たちの住み処となると聞き、取り外して色々と持って来たのだった。


木の根とは高さが違うので、ブランコのツタの長さを、あーでもない、こーでもないと微調整している。


霧乃と朱儀がそれぞれ胸骨側と背骨側にしがみつき、ツタを骨に縛り付ける。

霧乃がブランコに座る、豆福へ声をかけた。


「まめー、どーおー?」


聞かれた豆福は、ブランコを大きく振って揺り動かしてみる。

その顔は単なる遊びではなく真剣そのもので、ちょっとしたブランコソムリエだ。


豆福は重々しくうなずき、作業員に満面の笑顔をおくった。


「きーりーっ、あーぎーっ、いーいーよーっ!」














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