147 ナランシアたちの勝利~後編
倒すことはできない。
しかし六人の魔力が続く限り、アンデッドを閉じ込めておくことはできる。
その間に、町の人々が逃げてくれればいい。
森の迷宮の中で、アンデッドが休むことなく歩き回っている。
「好きなだけ歩けばいい、お前はどこにも出られない」
シェールは冷ややかな目で、アンデッドを見つめた。
森の迷宮は、魔力を継続的に消費し続ける。
そのためシェールは、教会から持ち出した魔力回復ポーションを、背嚢から取り出した。
背嚢の中には沢山のポーションが入っており、カチカチと小瓶がぶつかり合う音がする。
六人全員が同じ量を持ち出しており、これだけあれば半日はアンデッドを留めておけるはずだ。
「ふう……ふう……」
シェールは魔力が切れかかる前に、ポーションを一本開けて飲み干す。
そこで、シェールは気付く。
「ん? こっちを見ている!?」
枝葉に隠れて気配を消しているシェールを、アンデッドは確かに見ていた。
そうかと思えばふと視線を外し、別の方向を見ている。
そして次、更に次、アンデッドは方角を変えてジッと見つめる。
全部で六回。
しかし首を傾げ、また歩き始めた。
「ふう……ふう……気のせい、か?」
脂汗を流すシェールは、しばらくして二本目のポーションを空ける。
するとまた歩いていたアンデッドが、ピタリと止まりこちらを見ていた。
シェールは鼓動が早くなり、息苦しさをおぼえる。
「こいつ……やはりっ!」
シェールはそう言って、魔力回復ポーションの空き瓶をみた。
魔力回復ポーションの精製には、数多くの製方がある。
そしてシェールが今使っているのは、教会製のポーションだ。
聖属性のマジックアイテムである。
ジッとこちらを見るアンデッドは、シェールがポーションを、使うタイミングで見ていた。
「わずかな聖属性の気配を、感じ取っているのか!?」
相手が、アンデッドだからこその気付き。
聖なるものを、嫌うからこその気付きである。
このようなことは予め想定すべき事なのかもしれないが、五〇〇〇年の太平が、兵士たちに致命的な実戦不足をもたらしていた。
アンデッドがふとシェールから視線を外し、別の方向を見る。
そして次、また次と、方向を変え凝視する。
全部で六回。
「間違いない、私たちを感じ取っているっ」
アンデッドは一回り見た後、シェールの方向へ真っ直ぐ突っ込んできた。
近付くにつれ瘴気の濃度が上がり、シェールの体力を奪っていく。
シェールは体が動かず、枝から落ちてしまった。
もう森の迷宮を、保っていられない。
「ナランシア様、申しわけ……」
シェールは最後まで言い切ることができず、その意識が消滅するのだった。
突然迷宮が不安定となり、残った五人が必死に保とうとする。
一人欠けた分だけ、それぞれの魔力が急激に消費され、またすぐポーションを使わなければならない。
その度に人数が減っていき、迷宮はあっけなく破られてしまった。
ナランシアは愕然とする。
「なんて化け物なんだ……」
歯ぎしりするナランシアに向かって、アンデッドが突っ込んでくる。
次第に体が、動かなくなるナランシア。
そこへアマリヨと、もう一人の部下が割って入る。
二人はチラリとナランシアを見た後、特殊魔法を唱えた。
「「 茨の道っ 」」
それは、魔力を使わない魔法。
使うのは自分の命。
二人の肩から下が太い茨に変わり、アンデッドの両腕に絡みつく。
命と引き換えに繰り出す、強靭な拘束魔法である。
ダークエルフの盾になる。
そのために教えられた魔法だ。
それを今、二人は使った。
二人の執念は、アンデッドの動きを止める。
しかしそれも僅かなことで、アンデッドはブチブチと茨を引き千切っていく。
「アマリヨ、アイル、すまない」
ナランシアは二人の最期を見届けて、背嚢から一本だけ違うポーションを取り出した。
コールカインだ。
楽市にもう使うなと言われていたが、捨てきれずにずっと持っていた。
ナランシアはそれを飲み干し、樹上から火炎魔法を放つ。
茨に気を取られていたアンデッドが、炎を浴びて上をみる。
ナランシアは枝を伝いながら、上を向くアンデッドの眼窩へ飛び込んだ。
ゼロ距離――触れれば、即死の状態である。
しかしコールカインがナランシアに、僅かな時間を与えてくれた。
ナランシアは、頭蓋の中で特殊魔法を唱える。
「 茨の道っ!」
アンデッドの中で広がったナランシアの茨は、内側から頭蓋骨の縫合線へ、茨の先を突き立てる。
頭蓋骨は幾つかのプレートが、組み合わさってできている。
ナランシアはそのプレートのフチを、こじ開けようとしているのだ。
しかし無駄なことだった。
はかばーで鍛え上げられた、強靭な骨に敵うはずもない。
縫合線の隙間に、茨を突き立てただけ。
それだけだ。
だが、ナランシアは落胆しない。
落胆する前に、絶命していたからだった――
*
頭でっかちは突然湧いた頭の中のイガイガに、ビックリしてしまう。
――なんだこれー!?
頭を強く振っても、全然出てきてくれない。
大変に気持ち悪くて、手を眼窩に突っ込み掻き出そうとする。
そして、重大なことに気付いてしまった。
――手が届かないーっ!
そうなのである。
頭でっかちは、手足が短いのだ。
いくら掻きむしっても、手は顎の裏にしか届かない。
仕方がないので、木に頭をこすり付けた。
ぐりぐりぐりっ
しかしそれでは、全然中に届かないではないか。
――ひえええええっ!
こうなるともう、生者そっちのけである。
頭でっかちは、次から次へと頭を木にこすり付けていく。
そして雑木林の中を迷走し続け、どこかへ行ってしまった――