146 ナランシアたちの勝利~前編
これは、どうしたことか?
頭でっかちなガシャが、にっくき生者に近付いたところ、その生者が急にしぼんでしまった。
身体がしぼんだ訳ではない。
生者たる命の灯火が、急に弱々しくなったのだ。
こちらが近付くほど、灯火は小さくなっていく。
頭でっかちは、前歯が触れるほどに顔を近づけてみる。
するとこちらが何かする前に、フッと命が消えてしまった。
何とも、あっけない物である。
まあそれはそれで、楽しくない訳でもない。
頭でっかちは、子供のように消えゆく命をながめた。
子供が羽虫の足をちぎり、羽をむしって地面に置く。
すると羽虫は、まだモゾモゾと動いている。
そして子供は感心するのだ。
「はー、まだ動いている」のだと。
その好奇心に似た感情を、頭でっかちは覚えていた。
モゾモゾ……
はー、まだ動いている。
モゾ……
まだ動く。
モ……
ええい、もういいっ、次を見たいっ!
プチンッ
頭でっかちはお前に飽きたとばかりに、転がる獣人へ自分の前歯を押し付けた。
次だ、次だ……
口の周りを血に染めながら、次を追い求める。
ヒュンッ トスッ
頭でっかちが新しい獣人を眺めていると、すぐ脇の木造家屋に矢が突き刺さった。
矢じりから、するりと黄緑色の芽が生えて、あっという間につるを伸ばし、小さな赤い花を幾つもつける。
その花は瑞々しく、この世に咲くことができた喜びを謳歌していた。
頭でっかちには、そのように見える。
――何だあれは? 獣よりも生き生きしているぞ!?
頭でっかちはそのように感じ、イラッとくる。
――生命溢れる様を見せつけて、何の嫌がらせか?
人で言うならば、虫が目の前に止まったような、煩わしさだ。
ヒュン ヒュン ヒュンッ
トス トス トスッ
苛つく頭でっかちの周りに、何本もの矢が降り注ぐ。
それらが皆つる草を伸ばし、色とりどりの花を咲かせた。
――上から?
そう思い顔をあげたとき、頭でっかちの大きな眼窩に、何本もの矢が飛び込んできた。
ヒュン ヒュン ヒュンッ
飛び込んだ矢じりは、内側の頭蓋に当たった瞬間、大きな炎を噴き出す。
頭蓋が炙られることにより、その“浄化作用”で無いはずの痛覚が刺激された。
頭でっかちは、この世で初めて苦痛を味わってしまう。
*
「ふふ……嫌がっているぞ。
あれだけ穴がデカいと、目を瞑っても入るな」
ナランシアの部下ゼフィーヌが、屋根の上から次の矢を弓につがえる。
もう一射するつもりだ。
彼女が狙いを定めると、向こうがこちらを見た。
巨大アンデッドと、ゼフィーヌの間には距離があったが、こちらを見ているのがハッキリと分かる。
「ふん、やっと気付いたか」
「気付くように、仕向けているからね」
ゼフィーヌの隣りに立つシールアンが、自身に回復魔法をかけ続けていた。
アンデッドから見ると回復魔法の光は、さぞおぞましい物に見えるだろう。
アンデッドの意識が、彼女たちへ完全に向いていた。
屋根に手をかけ、こちらを凝視している。
「よし、いいぞ掛かった」
ゼフィーヌが矢を放とうとしたとき、アンデッドの頭が引っ込む。
「何だ、顔を出せこのっ」
次の瞬間アンデッドは、その巨体からは想像できないほどの身軽さで、大きくジャンプして屋根の上へ飛び乗った。
当然、重みで屋根が崩れる。
しかし、崩れる前に一歩踏み出した。
そしてまた、崩れる前に一歩踏み込む。
屋根が崩れる前に次々と手足をくりだし、こちらへ突っ込んでくる。
「なっ、早すぎるっ」
「すみません、ナランシア様っ」
急激に距離を詰められた二人は、瘴気濃度の上昇に耐えられず膝をついた。
そこへ頭からアンデッドが突っ込み、派手に家屋を吹き飛ばす。
散開していた他の部下二人が、飛びのいて距離をとり、南へ向かって屋根を走る。
走りながら部下のサリが、自分に回復魔法をかけた。
もう一人の部下キースリーが立ち止まり、アンデッドへ向かって矢を連射する。
「キースリーっ」
「先に行け、サリっ」
迫りくるアンデッドの眼窩に、彼が火炎矢を撃ち込みまくる。
「こうも、大きいと良く入る」
アンデッドは両の眼窩を火炎で炙られながら、キースリーに突っ込んだ。
巨大アンデッドが南側の防御柵をぶち壊し、町から飛び出してくる。
破壊された柵の破片と共に、サリの体がクルクルと舞っていた。
彼女は地面に強く打ちつけられ、骨盤を折ってしまう。
サリはすぐさま、回復魔法をかける。
しかしそれを、飛び出して来たアンデッドが興味深げに眺めていた。
両者の距離が近すぎる。
サリの回復魔法の効果が、打ち消されてしまう。
「……この化物めっ」
血を吐きながら罵る彼女に、アンデッドが強く前歯を押し付けた。
自己犠牲の精神――
それもダークエルフに飼われた獣人が、美徳の一つとする所である。
それはダークエルフの、盾となるために必要な徳だった。
誰かのために命を全うすることを、良き死に方として獣人たちは信じて疑わない。
「よし、良くやったサリっ!」
「サリが、ヤツを引きずり出したぞっ!」
アイダ近くの雑木林に待機していた部下二人が、サリを称えながら、矢を弓なりに連射する。
大きく弧を描いた複数の矢が、地面に突き立った。
矢は点々と、雑木林へ誘導するように刺さっている。
それらが全て芽吹いていきツルを伸ばし、赤や黄色の花を咲かせた。
花の誘導路だ。
巨大アンデッドはそれらを一々潰しながら、こちらへ向かってくる。
アンデッドが、雑木林の奥深くに入り込んできた。
アンデッドの歯には、血に濡れた衣服が挟まっている。
その手にはグッタリとした獣人兵が握られており、キツく握られて体の厚みが全くない。
「よし、入った……」
樹上に隠れている、シェールがつぶやく。
おそらく他の場所に隠れている五人も、エリアに入ったことを感じているだろう。
シェールは精神を集中し、六人で構築した魔法の仕上げに入った。
獣人はダークエルフの使う魔法体系とは違う、独自の深山崇拝魔法をつかう。
その中で、ナランシアたちが使える最大魔法の一つ。
森の迷宮。
集団で行うこの魔法は、森の空間を歪ませて出口の無い迷宮をつくる。
捕らえられた者は、どの方角へ進もうとも元の位置へ戻ってしまうのだ。
林に散った六人が、それぞれに唱えた。
――レスト―ラ・ラビリアっ!