144 ナランシア、が好きっ
「ナランシア様ーっ」
ナランシアとは違ってレモン色の髪をなびかせた、二人の獣娘が河原を走ってくる。
二人の尻尾はナランシアと昼食ができる喜びで、千切れんばかりに振られていた。
現在暫定的な“主”はナランシアな為、獣人種としての本能が、ナランシアに集中している。
「あー、ありがとう」
部下の下げる袋から、焼けた肉の香ばしい匂いが漂ってきた。
部下たちは慣れた手つきで、河原の南側に持参した日除け幕の竿を、三メートル間隔で二本突き刺す。
そこへ深山崇拝系魔法をかけて、一時的にツタを張り巡らせた。
張り巡らせたツタの重みで竿がしな垂れていくと、あっという間に“し”の形を逆さまにしたような、日除け幕が出来上がった。
「さあどうぞ、ナランシア様っ」
「ありがとう」
手渡された焼き串は、まだ温かい。
鋭く尖る牙を当てて噛みしめると、プツリと弾けるような弾力が返ってきた。
「ふう……」
鼻から抜ける肉の香りも鮮烈で、思わず溜め息が出てしまう。
肉の繊維一本いっぽんが太く、噛み応えがあった。
獣人種は、硬めの肉質が大好きなのだ。
牙を突き立て、顎の力で噛みちぎる。
この一連の流れに、獣としての本能が満たされた。
味付けは、塩と獣脂を発酵させたペーストのみ。
色々と味付けを試したが、結局はシンプルな味付けに戻ってしまう。
やはり、北の森のモースは旨い。
しっかりとタタリを流水で抜けば、どの地で食べるモースよりも旨いだろう。
ナランシアはそう思う。
比較的小柄なナランシアは、大ぶりの串を三本食べ終わると食欲が満たされた。
その喜びを体中で表現するため、河原にコロンと寝そべる。
頭上には一時的に発生させた、ツタの天蓋がゆれていた。
天蓋から差し込む木漏れ日もゆれて、ナランシアの腹の上で踊る。
暫く胃に血流を持っていかれて、何も考えられそうにない。
このまま昼寝をキメ込みそうな、ナランシアだったが、落ちかける寸前に見えた光が気になった。
寝ぼけた目の焦点がだんだん合っていくと、気の抜けた顔が引き締まり、飛び起きることとなる。
「ナランシア様?」
「どうしたのですか?」
寝転がっていたナランシアを、愛おしく見つめていた二人がいぶかしむ。
「シェールっ、アマリヨっ、北の稜線をみてっ」
ナランシアの強い口調に、二人は事の緊急性を知る。
鋭く目をこらすと、山の頂でキラキラと光るものがあった。
「何でしょうか、あれ?」
「動いて……いる?」
昼間の日光を反射しながら、何かが動いている。
それは分かるのだが、距離がありハッキリとは見えなかった。
それがゆっくりとこちらに向かって、山肌を降り始める。
途中で、躓いたのだろうか?
斜面をいきなり転がり始めた。
むき出しの岩盤で跳ね、背の低い灌木を突っ切り、山の中腹から生える背の高い木々へ、突っ込み見えなくなった。
「「 ナランシア様…… 」」
「あれが何だか分からないけれど、危険なものだと言うのは確かだろうね。
だって北の森から、山を越えてこちら側に来るのだから……」
瘴気溢れる北から来るものは、それが何であろうと、こちら側には災いでしかない――