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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第3章 カルウィズ天領地
143/683

143 ナランシア、好きに生きる


ソービシル国家連合――


その広大な領地の西に、ダーキリソー大山脈がある。


山脈は北から南西(ヒダリ、ナナメシタ)にかけて、斜めに大陸を走っており、ここがソービシル国家連合の、北から西にかけての国境となっている。


山脈の向こう側には、まだ北西(ヒダリ、ナナメウエ)に向かって大地が広がっているが、ダークエルフはその地に興味がない。

なぜなら、緯度が上がり過ぎて寒いからだ。


ダークエルフの半裸の如きライフスタイルからいって、全く食指のそそられぬ土地なのだった。

 


    *



ダーキリソー大山脈の雪解け水が、幾つもの小川を作り、フリンシル川に流れ込んでいる。

 

その内の一つ。

名もなき川の河原に、明るいオレンジ色の髪を持つ、愛らしい顔の獣娘が座り込んでいた。


デコボコした河原石に直接座るとお尻が痛いので、ツタを編んだクッションを敷いている。


しかし、これだけでは駄目だ。

夏の日差しが、きつ過ぎる。


そこで獣娘は、細い木々と布を器用に組み合わせて、三角屋根の小さな天幕を作り、その下で膝を抱えているのだった。


「ふあ……あふう」


獣娘はもう何度目か分からない、欠伸をもらす。

誰も見ていないので、口があきっぱなしだ。


しかしここで、だらしないと思ってはいけない。

夏の河原で、ジッとしていれば誰でもそうなる。


それに獣娘は、ただジッとしている訳ではないのだ。

これも大切な、役目なのである。


獣娘の空色(スカイブルー)の瞳が、川の流れをジッと見ている。

川の中には“北の森”で仕留めた、モースの枝肉が沈められていた。


流されて行かないように縄でしばって、河原に立てた木の杭へ繋ぎ止めている。


獣娘は、その枝肉の監視をしているのだった。


人気の無い山裾で監視などいらないとつい考えてしまうが、誰も見ていなければ、確実に森の肉食獣どもが持っていってしまう。


だから最低一人は、見ていないと駄目なのだ。


獣娘はこのままだと寝落ちすると思い、天幕から這い出してきた。

露出している肩や首に、日差しが当たってチリチリする。


木の杭に繋がった縄をつかみ、枝肉を一本引き揚げた。


綺麗に皮をはがされた枝肉は、五日間流水にさらされて、その赤身の肉が白っぽくなっている。

しかし品質には問題ない。


獣娘は腰から短刀をひき抜き、枝肉の表面を薄く削りとる。


削られた面は、しっとりとした赤身の色が残っていた。

獣娘は薄切りした肉片を、口の中に放りこんだ。


対岸で揺れる花を眺めながら、口をモグモグと動かす。


「うん充分にタタリが抜けているな。いい感じだ」


木の杭は全部で八本。

それぞれに、モースの枝肉が括り付けられている。

モース二頭分だ。


なにもこれを一人で、全て食べる訳ではない。

売り物なのである。


少し離れた場所にある“宿場町アイダ”で、串焼きにして屋台で売るのだ。

アイダは山脈の裾野に、張り付くようにして広がる辺境の町である。


場所的に様々な種族が出入りしており、よそ者がいても目立つことはない。

今はそこが、獣娘の生活拠点となっていた。


ちなみに獣娘には、十一人の部下がいる。

獣娘を含めた十二人は、彼女の指揮する狩り担当班と、串焼きを売る班に分かれて日々を過ごしていた。


いま部下たちは町の共同炊事場で、昨日仕上がった枝肉を、十一人総出で筋切りをし、細かく切り分け串にさしているところだ。


獣娘はその間の、枝肉見張り担当なのである。


さてそのモースの枝肉は、もういい具合だ。

しかし、まだ引き揚げない。

引き揚げたところで、モース二頭分の肉など一人で持ち運べないのだ。


獣娘は、自分の影を見た。

随分と影が、短くなっている。


「お昼まで、あともうちょっとか……」


お昼になれば焼き立ての串焼きを、部下たちが持って来てくれるだろう。


「それまで、待つかな」


彼女はそう言って、モゾモゾと小さな天幕にもどる。


戻るとまた睡魔が襲ってきて、ウツラウツラしてしまった。

寝てはいけない、肉が盗まれてしまう。


兵士だったときの、ヒリツクような緊張感とは天と地の差だが、これでも緊張感はある。


しかしなんと長閑な緊張感だと、自分で笑ってしまった。


「好きにしろか……ふふ」


つぶやいたのは、北の森で出会った方の言葉だ。

好きにしろと言われた結果、皆で話し合い、辺境の町で串焼き屋を営んでいる。


「数か月前の自分へ“お前は串焼き屋になる”と言っても、多分信じないだろうなあ。ふふふ……」


獣娘はここ数ヶ月の自分の変化が、未だに不思議でならなかった。


「ナランシア様ーっ、お昼お持ちしましたーっ!」


部下の呼ぶ声で、彼女は瞑っていた目をあける。


天幕から這い出し、走ってくる部下たちに、ナランシアは笑顔で手を振った――





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