142 それじゃ、いってきまーすっ!
霧乃たちは声をかけないと、何時までも離れそうにない。
なので心苦しいが、声をかける。
「さあ皆、そろそろ、ね」
霧乃たちが名残惜しそうに離れると、楽市はその中心にいたチヒロラをダッコした。
「チヒロラ、お師さまとキキュールをよろしくね。
がしゃに直で指示できるのは、チヒロラだけだから。
やり方は覚えてる?」
「はいっ、触ってちょっと手を入れて、
頭の中の絵をちょっと入れて、お話するんですっ」
「そうそう、よく覚えてるね」
「へへへ……」
楽市はチヒロラに頬ずりし、ゆっくりと降ろす。
「それじゃチヒロラ、シノさん、キキュール行ってきます」
*
「それじゃ、いってきまーすっ!」
「チロ、またなーっ!」
「チーロー、まーたーっ!」
「チーっ!」
霧乃たちは、角つきがしゃの右眼窩の中から、少し離れて下にいるチヒロラへ手をふる。
ベイルフには幽鬼と四足獣スケルトン二体が残り、角つきは楽市たちと共に行くこととなった。
角つきは翼に力場を発生させると、力強くはばたく。
突風が生まれて、送り出すチヒロラの髪を大きく揺らす。
「みなさーんっ、お元気でーっ!」
チヒロラは手を振りながら、鼻をすすり続ける。
後ろに立つキキュールが、小さくなっていく角つきを見ながら不安そうだ。
「シノ……ラクイチは、上手くやってく
れるだろうか?」
「キキュール、私たちが付いて行ってもやる事はないよ。
それより私たちは私たちの、出来る事をしようじゃないか」
「ああ……そうだな」
シノはいつまでも手を振り続ける、チヒロラの背にふれた。
「チヒロラ、さみしくはないかね?」
「お師さま……」
振り向いたチヒロラは目が真っ赤だが、その顔は笑っているようだ。
「大丈夫ですお師さま。
チヒロラには、これがありますからっ」
そう言って左手にあるものを、見せてくれる。
その小さな手には三つ編みにされた銀髪が、ひとふさ握られているのだった。
地表がみるみる離れていき、ベイルフが小さくなっていく。
それを左の眼窩から、獣娘二人がおっかなびっくり覗いていた。
「うわっ、高いね……」
「うっ、仕事で見慣れている、はずなんだが……」
楽市が二人に、すまなそうな顔をする。
「ごめんね、なんか急に呼び出しちゃってさ」
声をかけられ振り向くのは、パーナとヤークトである。
「そんな、とんでもありませんっ。
ラクーチ様のお役に立てるなんて、夢みたいですっ」
パーナが、キラキラした目で答えた。
「ラクーチ様、あたしたちの能力を存分にお使いくださいっ」
ヤークトが、まっすぐな目で楽市を見つめる。
「うん、よろしくね。
ちょっと回収へ行く前に、北へ寄って行くけど良いかな?」
「はい、どうぞっ」
「はいっ」
「それじゃ暫くかかるから、ゆっくりしてね」
「「 ありがとうございます 」」
パーナとヤークトは、眼下に流れていく山々を眺める。
千里眼の任務で見慣れた高度なのに、いざ肉眼だと全然ちがって見えた。
そこには風があり、音があり、匂いがあった。
がしゃの羽ばたきで、大きく揺れもする。
まるで別物だ。
二人は新鮮な気持ちで、俯瞰視点を楽しんでいた。
しかしふと、パーナの表情が陰る。
「クローサやっぱり見送りに、来てくれなかったね……」
「仕様がないさパーナ、今は……でも」
「でも?」
「いつかはきっと……」
「そうだね、いつかきっと」
獣娘の揺れる心を運びながら、角つきは力強く北へ羽ばたいていった――