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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第2章 中核都市ベイルフ
139/683

139 シノとキキュール、ふたりでお喋り~最低な男。


「すまない、私にはその気持ちが、サッパリ分からないんだ」

「はっ!?」


「私の刷り込み対象は、チヒロラと君なのだよ。

だから今でも獣人を殺してきた事に、何の痛痒も感じないのだ」


「なっ……シノお前っ。

で……では、この苦しみは私だけなのか!?」


「そうだ」

「なっ!?」


キキュールは平然と言ってのけるシノに、一瞬何と言っていいのか分からなかった。


「だってお前も情動が生まれたと、言っていたではないかっ」


「だからそれは、あくまでもチヒロラと君に対してだけだ。

他はどうでも良いのだよ」


「うぐっ、お前……私にこの情動を植え付けておいて、何も感じないだと!?」

「なぜ君が、勘違いしたのか分からないが、そうだ」


キキュールが、歯ぎしりして詰め寄る。

左手でシノの胸元を掴み、憎悪の目で睨みつけた。


「きさまっ、きさまっ、きさまあっ!

お前という奴は、私がどれ程、この想いで……

くっ、殺してやる、コロシてっ!」


胸元を強く掴んでも、激しく揺さぶろうとはしないキキュールをみて、シノが首をかしげる。


「いや……少し、違うかもしれない」

「何が違うっ!」


キキュールは爪で生地を突き破るほど、ローブを握りしめた。


「キキュール。

私は君が大切にしているものを、大切にしたい。

だから、私は獣人を大切にあつかう。

 

私には、君の苦しみが分からない。

しかし苦しんでいる君を見ることが、私を苦しめる。

だから私は君が大切にするものを、君のために守りたい」


「なっ、なーっ、何だそれはっ!?」


キキュールの姿は、イミテーションである。

その偽装において血色を表現するための赤い色素が、顔面に集中した。


そこでキキュールは、思わずシノを強く揺さぶってしまう。


アンデッド・エルダーリッチも、なかなかの腕力を持っている。

高速でガクンガクン揺れる、シノの顎をみてキキュールは我に返った。


「あ、シノっ!」


「うぐ……大丈夫だ。

この程度の物理攻撃で、うっぷ、どうこうなる私ではない」


キキュールはシノへ何か言おうとしたが、口がパクパクするばかりで、ストンと座り直してしまった。

押し黙るキキュール。


そうしながらも何かを言いたげに、チラチラとシノを見ている。

シノは、そんなキキュールを見つめ返した。


「キキュール」

「な、なんだっ!」


キキュールはなぜか動揺して、声が大きくなってしまう。


「キキュール……今後ラク殿とダークエルフが争えば、おそらく多大な犠牲を払うのは、ダークエルフの獣人兵だろう」


「うっ……そ、それは……」


キキュールはそれを聞き、うつむいてしまう。


「ならばだキキュール、私はその犠牲を少しでも減らしたいと思う。


獣人の忠誠心から言えば、困難かもしれない。

しかし私はダークエルフと獣人を、少しでも切り離す工作をするつもりだ」


「そんなことが、可能なのか!?」


「少し前ならば、無駄なことと切り捨てるだろうがね。しかし今は違う。

以前にはなかった、重要なコマが手に入った。

それがラク殿だ」


「あの女が!?」


「そうだ。

ラク殿は今までこの大陸に存在しなかった、特異な要素だ。

ふふ、見たかね?


クローサ君の狂信的な目も相当だが、パーナ君とヤークト君のラク殿を見る目。

あの許しをこい、すがりつくような眼差しを。

 

まさしくクローサ君同様に、狂信的といえる。


獣人種の歪まされた本能は、従順を最重要とするものだ。

“従う”と言うことが、道徳的に高い意味をもつ種族なのだよ。

 

そしてダークエルフから与えられたその道徳観は、“強さ”という要素によって下支えされている。


獣人にとってダークエルフは、途轍もない強い主だからこそ、従うべき主だと刷り込まれている。


強い者の下に居る強烈な安心感が、獣人を縛り付けているのだ。


ならばだ。

その道徳観を逆手に取ることが、出来るかもしれないと思うのだよ。

つまり単純に、ダークエルフより強い主を作ればいいのさ」


「それがあの女と、いうことかっ」


「その通りっ。

すでにパーナ君とヤークト君は、ラク殿の強さを感じ取りなびいている。


今こちら側と向こう側の比率は、“1対99”かもしれないが、やり方によってはその比率を、大いに変えられると私は思っている」


それを聞き、キキュールは考え込んだ。

シノの話した事柄を、ゆっくりと嚙みくだき思案する。


先ほどの赤い色素が顔面に集中して、うろたえるキキュールとは別人のようだ。


久しぶりに吹っ掛けられた企みに、エルダーリッチとしての性根が立ち上がる。


「シノ……

あの女は、強さだけではないぞ。

獣人種とて他種族に支配されるより、同種の者に支配される方を、好むのではないだろうか?


同種族の女王による、統治と支配。

これは十分に獣人種たちの種族意識を、刺激するだろう」


「ふふふ、夢があるじゃないか。

“我が種族の中から、ダークエルフよりも強い者が現れる”というのは。


千年経てば、神話になるだろう。

気の長い話と、言われるかもしれないが」


キキュールが身を乗り出す。


「あいにく、私たちには寿命がないぞっ!」


キキュールの、キラキラした顔が近い。


「むむっ、中期的に見れば、獣人種同士が殺し合う場面も出てくるだろう。

しかしラク殿と正面衝突し続けるよりは、ましだと思うのだよ」

 

そう言ってシノは、一夜にして五万もの民が変容した街をながめる。

そしてシノは、真摯な口調でキキュールに伝えた。


「キキュール。

ラク殿を使い、獣人種たちをダークエルフから解放する。


この行動で、少しでも君の道徳的な苦痛を和らげたらと思う」


キキュールは更に、顔をグッと近づけた。


「シノ……」

「むぐっ、近か……なんだね?」


「お前は最低な男だが、頼りになる」


キキュールはそう言いながら、自分の肩をピタリとシノに寄せる。


「んっ!?」


肩をくっつけられて不思議がるシノを無視し、キキュールは北の空で揺らぐ黒炎を見つめた――




挿絵(By みてみん)

https://36972.mitemin.net/i586147/


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