表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第2章 中核都市ベイルフ
138/683

138 シノとキキュール、ふたりでお喋り。


「――ただし中央に住む、城主はそのままでいること。

あなた達は別だからねっ!」


楽市はベイルフの民へ語りかけながら、心の奥底に意識を伸ばしていく。

がしゃとのトリクミで、得たコツがここで生きてくる。


奥底で眠る黒々としたモノの背を、手の甲でそっと撫でるようなイメージ――


撫でられた背がくねり、ゆっくりと漂いはじめる。

一気に浮上させないよう、筋道をこちらで作るのだ。


水中を手でゆっくりと掻き、穏やかな流れを、心の中に作るようなイメージ――


生まれた流れに、漂う背中が抵抗もなく導かれていく。

全てが実際に触れるでもなく、動かすでもなくイメージの中で行われる。


その調子、頑張れあたし―― 


まだまだゆっくりとしかできないが、これを繰り返していけば、いずれもっと上手くなるだろう。



    *  


 

多くの獣人が、自分の意識とは関係なく叫んでいる。


周りの者がそれに困惑していると、頬へ突然あたる熱に驚きそちらへ振り返った。

ベイルフに住む全ての者が、北の空を見つめる。


そこには東から昇る朝日の静謐(せいひつ)を、あざ笑うように黒く禍々しい大火が揺れていた。

北の城壁塔に何やら黒くて太いものが、でれんと巻き付き垂れ下がっている。


そこから黒炎が、揺らぎながら立ち昇っているのだった。 

夏の空を(けが)すそれを見た瞬間、皆が嫌悪する。


しかしだ。


ベイルフの獣人全てが、その炎に心を奪われてしまう。

見つめたまま、目を離すことができない。

まるで空に、二つの太陽があるようだった。


白く輝く太陽と、黒く輝く太陽。

獣人たちは最初の嫌悪など忘れて、次々に黒く輝くそれへ、膝を折り曲げていった。



    *



南の城壁塔の上に座る、シノとキキュール。

そこからでも、ハッキリと北の黒炎がみえた。


「おお……ラク殿が、黒く萌える輝きを出したぞ」


シノが、興奮気味に話し始める。


「いつ見ても素晴らしい。

五感全てに、訴えてくる神々しさだ。


今は私とキキュールのことを考えて抑えてはいるが、初めて見る獣人たちにはこれで十分だろう」


シノは声を弾ませながら、ゆっくりと首を曲げて城壁右下をみる。

そこには、南城壁の大門があった。


大門は昨日から、順番待ちの荷車でごった返している。


そこにいるダークエルフたちも、食い入るように北の空を見つめていた。

しかし意志の力で、次々と背を向ける。


「おお流石は、ダークエルフと言った所か。


(はかりごと)や心理操作を好む種族だけに、まず疑う癖が出来ている。

あの顔は新手の精神魔法とでも、思っているかもしれないな。

  

しかしなあ立ち去れと言う前に、もう多くのダークエルフが立ち去っている。

何とも力の抜ける話だ。

そう思わないかねキキュール、ふふふふ」


キキュールに話しかけたが、返事がこない。

シノはゆっくりと首をまげ、キキュールを見た。

何やら、面白くなさそうに膨れている。


「キキュール?」


キキュールは、ジロリとシノを見る。


「シノ、お前はヤケに、楽しそうじゃないか」

「うん? だめかね?」


シノの軽い返事に、キキュールは更にむくれた。

むくれたまま前を見つめて、下唇をかむ。


「シノ……お前はどう、折り合いを付けているんだ?」

「うん?」


「お前はこれまで殺してきた獣人を、どう思っているんだ?

お前が殺してきた数と比べれば、ベイルフの獣人など微々たるものだろう?


私はベイルフの獣人を見ていると、今まで殺してきた獣人を思い出してしまう。

子供も、女も、赤子も、私は気にせず殺してきた。

楽しみながら殺したことも、少なくない。

 

それを思い出すと、私は……

こんな私が今更、獣人を助けたいなどと……」


そこでキキュールは、俯いてしまう。

か細い声で、絞り出すようにつぶやく。


「教えてくれ……私はどうしたらいい? 

私はこの気持ちに、どう折り合いを……私は……」


そこにはシノの知る、普段の冷静なキキュールは居なかった。

深く俯き、強く目を瞑っている。


長く存在するアンデッドのエルダーリッチが、突然与えられた情動に翻弄されて、背中を小さく丸めていた。

突然生まれた道徳観に、押し潰されそうになっている。


そんな道徳観など、慣れてしまえば「仕方がないさ」と、流すこともできるだろう。

しかし、今のキキュールには出来ない。


今まで持ち合わせていなかったばかりに、耐性がないのだ。

まともに受け止めて、気持ちがどこにも逃げ出せなくなってしまう。

 

まだアンデッドになる前の、生者だった経験が残っていれば、ましだったかもしれない。

だがそんなものは、長い年月の間にスッカリ消えてしまった。


「キキュール……」


少女のように怯えるキキュールへ、シノは優しく声をかける。


「すまない、私にはその気持ちが、サッパリ分からないんだ」

「はっ!?」











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ