135 ベイルフの街で、お散歩~ただいま
五日間だ――
この五日間、リールーたちはずっと潜伏して、観察していたのだった。
大変ハードなものだったが、リールーはとにかく楽しかった。
盆地で巨大アンデッドが出現した時は、死ぬかと思ったものだ。
しかし向こうは、リールーたちに気付かず去っていく。
だから当然のように、後を付けることにしたのだった。
「さあ、サンフィルド、リールー、後に付いていこう」
「サンフィルド、魔力よこしなさいよ」
「まじかよー」
ベイルフでストーンゴーレムが、秒殺されたときは嘆いたものだ。
「あの巨大なスケルトンたちは、一体何だと思う?
やはり北の魔女に、関係があるのかな?」
「当たり前でしょ、無いって考える方が難しいわ。
ストーンゴーレム二十体の仕返しよ、きっと」
「あれはやべえって、山火事もやべえってっ。
二人とも、いい加減下がってくれよ」
リールーはその後の、巨大アンデッド同士の戦闘を食い入るように見つめた。
戦闘音がうるさいので、男たちは叫ぶ。
「あーれーなーんーでーっ、仲間割れ、しているんだろうねーっ!」
「…………」
「リールーっ、押し黙んなっ!
双眼鏡から手をはなせっ、下がってくーれーっ!」
そしてリールーが、心底見入ったのは夜である。
一瞬だけ瘴気濃度が上がって、ゾクッとする場面があり。
その後巨大化したあの女が、ブヨブヨしたモノにまたがり押さえつけていた。
裸の女が、くねる物に乗る姿は何かを連想させるらしい。
男どもが、歓喜の声をあげる。
「何ということだっ、これは見ていて大丈夫なのかっ!?」
「うあでけえっ、揺れてるっ!」
「イース、サンフィルドっ!」 ガガンッ
「いたっ、何で殴るんだい!?」」
「俺は別にいいだろっ、俺まで殴るなよっ!」
「いいから、下がりなさいよっ!」
しかしそう諌めるリールー自身も、興奮しているのは言うまでもない。
漆黒の女が髪をかき上げ、嫌がる相手へ美しい顔を近付けていく。
形の良い唇が薄くひらき、鋭い牙がのぞいた。
リールーはその官能的な口元に、ドキドキしてしまう。
しかしそのまま開き続けて、一八〇度近くあいたときには、そんな気分も吹き飛ぶ。
男どもは幻想を打ち砕かれたようで、悲痛な声をあげる。
「うわあああっ」
「うげええっ」
漆黒の女はその瞳を、赤く燃え上がらせていた。
ブヨブヨした物の首らしき部分に、牙をあて噛みちぎる。
ぞぶりっ
上体をおこし、顎をあげた。
裂けた口には、肉片のような物が咥えられている。
それを咀嚼し、ゆっくりと飲み込む。
顎を上げているため、喉元がよく見えた。
あの女は、それを何度も繰り返す。
ぞぶり
ぞぶり
ぞぶり
リールーの脇に立つ男どもは、もう声を上げることなく押し黙っていた。
リールーは、身を震わせながら思う。
なんて女なのだろうと。
これはもう、魔女どころの話ではない。
「いや、もうこれ、大怪獣でしょ……」
大怪獣。
大悪魔。
魔神クラスの、ヤバいやつ。
リールーは心の中で叫ぶ。
こんな奴とやり合って、ダークエルフは勝てるのかと。
そう思ったとき、自分の人生に絡みつく太い鎖が、引き千切られるような気がした。
重い因習が、引き千切られる。
こんな奴と事をかまえて、もしダークエルフの国家連合が、崩壊することになったら――
そのときのリールーは、目の前に現れたヒーローを見つめる、少女のようだったかもしれない。
その後の山火事はそこそこ面白く、その後のトンデモ再生は最悪だった。
最悪に面白いのだ。
あれほど子供のように泣き叫んだのは、いつ以来だろうか?
「ぎゃああああああああーっ!!」
男たちも、遠慮なく叫び続ける。
すぐ近くにあの女たちもいたのだが、あっちも叫び続けていたので、こっちには気付いていないだろう。
リールーたちは、ベイルフの街へ逃げる。
しかしそこでも、叫び続けてしまった。
街中の死体が、見る見るうちに黒ずんでいく。
その腰辺りから、大きなコブが生まれて膨らみはじめる。
やがてそのコブが人の形となったとき、獣人たちは灰となって崩れ去っていった。
全てが変容し終わったとき、リールーたちは頭の中が真っ白である。
その呆けている間にあの女を見失ったが、向こうから出てきてくれた。
リールーは三人の中で、唯一潜伏魔法をもっている。
彼女は男たちの反対を振り切って「布の影」を唱え、千里眼術者の影へ忍び込む。
どうしても、近くで見たかったのだ。
自分と同じく、美しい銀髪のあの女を――
*
リールーは、避難した獣人でごった返す広場にたたずんでいた。
獣人は皆、彼女を避けるように歩いている。
「あの女、ラクーチと言ったっけ?
ふふふ……
ダークエルフを、殺しまくる何て言っちゃってさー。
ふふふ……」
リールーはのんびりと散策したあと、男たちの待つ茂みに入る。
入ったとたん、二人に詰め寄られた。
「遅かったじゃないかっ」
「やべえこと、シテたんじゃないだろうな?
で、どうだったんだよ」
リールーは大人しく待っていた、可愛い男たちに笑顔で告げる。
「もう、最高だったわっ」