134 ベイルフの街で、お散歩
パーナはクローサを背負い、街を歩く。
二人の影は中天を越えた日差しにより、東にのびている。
その陰からしゅるりと別の影が飛び出し、瓦礫の陰にかくれた。
パーナたちは破壊された家々に、気を取られているので、足元のことなど気付きはしない。
パーナたちが十分離れたのを確認したあと、瓦礫の陰からフラリと立ち上がる者がいる。
褐色の肌に、長穂耳。
腰まで流れる、銀の髪。
暗色系を基調とした、かなり肌の露わなデザインの服。
ダークエルフの、リールー・ウラ・レスクだ。
彼女は、情報収集官の補佐をつとめている。
人心操作や諜報を得意としており、アサシンとしての技能も身につけていた。
リールーは潜伏系の魔法「布の影」を使い、クローサの影に隠れ潜んでいたのだ。
「ふふふ……」
リールーは深紅の瞳を細めて、薄くわらう。
「あの女、あたしたちを殺しまくる気だわ。くくく……あーたのしっ」
崩れた家壁に手をつき、笑いがこらえ切れず吹き出してしまった。
「あははははっ」
瓦礫を片付けている獣人たちが、リールーを奇異な目で見つめている。
この北地区(獣人居住区)に、顔を出すダークエルフなど滅多にいないからだ。
リールーは何度も笑い声を上げて、体をくの字にする。
「ひひひ……あははははっ!」
楽市に負けぬ美しい銀髪が、ほほの横をサラリと流れ落ちた。
埃っぽい石畳を、見つめながらニンマリする。
「くくっ……これって来たのかしら、あたしの待ち焦がれていた季節が?」
五〇〇〇年間の安定した大陸支配は、ダークエルフの変わらぬ栄華を裏付けるものと言える。
だが言い方を変えれば、変化のない硬直した社会だとも言えた。
そのため生まれた家柄により、その後二〇〇〇年に及ぶ、ダークエルフの人生が決まってしまうのだ。
リールーの生まれた「レスク家」は、代々王族である「ソービシル家」の側近をつとめている。
かなり位の高い家柄と言えるが、長い時を経て大陸各地に分家が増えていき、レスク家といっても、それ程でもない家が出てくる。
リールーは、そんな分家の一つに生まれた。
当然、中の下程度の分家には、国家連合を回していく重要な役職はまわってこない。
しかしそれで、あぶれると言うことも無かった。
王族とて、分家が増えていくからだ。
そして現在、リールーはレスク家として、ソービシル分家の男に仕えている。
ソービシル家とレスク家。
その直系から離れるほど、家柄の位は低くなっていく。
ただその一方で、その分自由気ままにやって行けるという、メリットもあった。
しかしどれ程低いクラスの分家になろうとも、犯してはならない決まり事がある。
それは王族と、側近の家との婚姻だ。
古来より禁じられていた。
どんなに傍へいて欲しくても、その男が王族の者ならば、いつかはリールーの元から離れるのだ。
一度も顔を見たことのない、どこかの王族分家の女に取られる。
それは、仕方がないのだろう。
そういう日が来ても、潔く身を退かなくてはならない。
リールーもそれは、わきまえている。
ただし――
もし離れなくて済む方法があるとすれば、何だろうか?
幼い頃、リールーはベッドの中でずっと考えていた。
ずっとである。
もしあるとすれば、それはダークエルフ帝国の崩壊――
「あははっ、やめてホントなの? あたし期待しすぎ!?」
リールーは笑いながら、ベイルフの街をふらついた。
瓦礫で埋まりかけた裏路地を軽やかに歩き、崩れかけた装飾具店の品ぞろえを眺める。
所々にある水路の橋をわたり、水面を流れていく縫いぐるみを見つめた。
「かわいそう……」とつぶやくものの、心はウキウキだ。
無意識に体から、甘い香りを出していたようで、
野良イリヌも、子供も、
大人も、老婆も、小鳥も、
リールーが通り過ぎると、みんな振り向
いていた。
「あーなんて、いい天気なのかしらっ」
リールーの帰りを、男どもが待ち焦がれているだろう。
けれど、待たせておけばいい。
リールーは、瓦礫の街を歩き続ける――