133 ふーん、そっか、じゃあまたね
「そんなのウソよっ!
いきなりそんなこと言われて、信じるわけないでしょっ。
死んだなんてデタラメっ」
震える声で、言い放つクローサ。
それをシノは、興味深く見つめた。
「ウソではないんだがね、君たちからはもう、生者としての精気が感じられない。
アンデッドとして私は、君に殺意を少しもおぼえないよ」
「そんなの口だけでしょ、何とでも言えるじゃないっ」
「ではそこら辺を、うろついているアンデッドに、近付いてみるといい。
向こうは何もしてこないから」
「そんなの魔女の力で襲うなって、命令しているだけじゃないのっ!?
そうやって、騙す気なんでしょっ。
あたしたちと、エルフ様の信頼を裂こうとしてるっ。
それは分断工作と、言うやつでしょっ!」
「震えながら、そこまで言えるとはね。
ダークエルフへの忠誠心が、高い娘さんだ」
「あたしと、エルフ様をバカにしないでっ!」
シノはフラットな感想を述べただけだが、クローサはそれを皮肉と受け取り、侮辱されたと感じた。
更に震えながら、激昂していく。
ここで恐怖により膝を屈しては、クローサが今まで築いてきた、ダークエルフとの“信”を踏みにじることになる。
クローサは、そう感じたのだ。
彼女は震える足に、力を込める。
「パーナ、ヤークトっ、騙されないでっ。
そもそも、あの大きなアンデッドを、ベイルフへけしかけたのは、こ……こっ……」
そこでクローサの呼吸が、乱れにみだれた。
最後まで、言い切ったら殺される。
そう思ったからだ。
しかし止めない。
「こいつでしょうっ!」
クローサはそう言って、楽市を指差した。
その指はいっときも定まらず、激しく震えている。
もう立っていられず、両膝をついてしまった。
それでも頭はたれない。
尻尾はとっくに内側に丸まり、獣耳もこれ以上ないぐらいヘタっている。
それを笑いたければ、笑えばいい。
クローサは目に涙を溜めながら、楽市をにらみつける。
殺すなら殺せといった、顔つきだ。
シノはそれを、興味深くながめる。
変わった生き物を、見るような目つきで。
しかし、傍に立つキキュールは違った。
キキュールはその膝を屈しながらも、折れない心に見とれてしまう。
それが視野狭窄からくる狂信だとしても、目を真っ赤にして、鼻水が流れていようともだ。
“信”を突き通すため。
そのために、身を投げ出すクローサを美しいと感じた。
北地区の通りで店を構えるキキュールは、店にやって来る獣人たちを、純朴で信じやすく、馬鹿な獣たちだと思っていた。
そう調整された、哀れな獣たち。
それが今のキキュールには、美しく感じるのだ。
そのキキュールの視界に、入ってくるものがあった。
楽市だ。
キキュールは、楽市がクローサの正面に立つのを見て息をのむ。
あの子が殺される。
そう思ったキキュールが動こうとした時、シノが声をかける。
「キキュール」
「!」
「大丈夫だ、見ていろ」
正面に立った楽市が、クローサを見据える。
その金の瞳が、輝き始めた。
楽市は巨大アンデッドを、けしかけてなどいない。
だが楽市は、それはもう些細なことだと考えていた。
「クローサ、仕える者の意地……見せてもらったよ」
そこで楽市は、パーナとヤークトも見る。
見つめられる二人は、恐怖で呼吸が止まりそうになっていた。
「パーナ、ヤークトも聞いて。
あたし、もう頑張るって決めているの。
だから、あたしの森を汚す者は絶対に許さない。
これからもダークエルフに付いていくのならば、戦場で会ったら誰だろうと必ず殺す。
あたしは殺し続ける。
それだけは忘れないで」
*
パーナたち三人は、城壁塔を下りて行った。
パーナが、腰の抜けたクローサを背負っていく。
パーナは、ヤークトよりも力持ちなのだ。
その後ろに、背嚢を三つ持ったヤークトが続く。
背嚢にはコンパクトに折りたたまれた、自動筆記が入っている。
塔を降り切ってベイルフの街へ入ったとき、後ろから声をかけられた。
「ねえ、あのさ」
ヤークトが振り向くと、そこには夕凪が立っていた。
その後ろに、豆福をダッコした霧乃も立っている。
朱儀とチヒロラの鬼コンビは、まだ爆睡中である。
「あんまり、大きな、こえだから、おきちゃったよ」
「ウーナギ……さん」
「らくーちと、会ったのに、かえっちゃうの?」
その質問に、ヤークトは少し黙る。
しかし、顔をあげ夕凪を見つめた。
「今は帰ります……でも、あたしの気持ちは変わりません」
「ふーん、そっか、じゃあまたね」
ヤークトは夕凪が何のしこりもなく、「また」と言ってくれるのが嬉しかった。
ヤークトが夕凪へ微笑む。
「はい、また」