132 お師さまのお話
「それじゃ、ついて来てねっ」
楽市が声をかけると、パーナとヤークトが素直についていく。
クローサはどうしようか迷ったものの、一緒に行くことにする。
どのみち自動筆記を、取りに行かなくてはならないからだ。
くんっ
「ん?」
クローサは少し、踵を引っ張られる感触をおぼえて、足下をみる。
しかしそこには何もない。
あるのは少し東に伸び始めた、自分の影だけである。
いぶかしむクローサだが、パーナから早く来いとせかされて再び歩きだした。
*
「えっとー」
川の字になって眠る霧乃たちの横で、チヒロラが思案している。
「うんとー」
チヒロラは少しだけ夕凪をずらし、朱儀と夕凪のあいだにスポリとはまって横になった。
「えへへ……」
おねえさん二人に挟まれて、チヒロラが嬉しそうに笑う。
しばらくすると、可愛い寝息が一つ増えていた。
そんなチヒロラを、キキュールが眺めている。
優し気に見守っているように見えるが、実の所ぼんやりしていた。
心ここにあらず、といった感じである。
シノは横たわる床から、そんなキキュールの横顔をながめた。
「キキュール我慢することはない。街の様子を見てくればいい」
キキュールは、膝元のシノを見つめる。
「何のことだ?」
「ここへ入る時、ベイルフの街をジッと見ていただろう」
「……」
北地区の破壊状況はひどいもので、そこに住む獣人たちが皆、瓦礫へ座り込み途方に暮れていた。
キキュールは先ほど見た状況を思い浮かべ、溜め息をつく。
「いや、いいんだ。
私が行ったからといって、何がどうなる訳じゃない」
「我慢せずとも……」
「お前は、大人しく寝ていろ」
「しかし、だな……」
「うるさい、いいんだ私は」
「私は、お前のことを思って」
「なにが思うだ、半年も放っておいて」
ガチャリッ
「!」
「!」
せっかくの二人の時間を言い合いに費やしていると、楽市が帰ってきた。
楽市は、子供たちが全員ねているのを確認したあと、シノとキキュールをみる。
不自然におしだまる、二人の違和感に気付く……こともなく、キキュールに声をかけた。
「キキュールさん、ちょっとお願い」
「なんでしょう……」
「この部屋に、入れたい子たちがいるの。
外に待たせてあるのだけど……」
城壁の上部通路。
その何もない通路に、木製のドアが浮かび上がる。
そこからパーナたちが恐る恐る入ると、見慣れた城壁塔の部屋があった。
テーブルには自動筆記。
床には、ぐっすり眠る霧乃たち。
そしてテーブルの脇にある椅子には、オレンジ、黄緑、黄色、赤といった、ド派手なローブを重ね着したスケルトンがいた。
その傍には赤いローブを羽織る獣人の女が、寄り添うように立っている。
女はエメラルドグリーンの瞳で、パーナたちをジッと見つめていた。
その視線は妙に熱がこもっており、パーナたちは後ずさる。
楽市がシノへ、緊張する三人に代わって、かいつまんで話をした。
シノは、ふむふむと言いながら、じっと動かずに聞いている。
「なるほど、了解しました……ならば私が話しましょう。
さて獣人種の娘たちよ、私がラク殿の代わりに話をするが、構わないかね?」
三人は声をかけられて、ビクリとする。
座っているスケルトンは、全く動かず置物のようだ。
ただそこから、ちゃんと男の声が聞こえてくる。
パーナたちは、気味悪がりながらもうなずいた。
「では娘たちよ、現状を簡潔に話そう。
恐らくベイルフの住人は、全員一度死亡した。
その後、北の森の魔力によって全員復活したのだよ。
現在皆が、北の森の住人として生まれ変わっている」
「死……死んだというのですか!?」
ヤークトが、三人を代表して受け答えする。
「君たちも、見たのではないかね? 苦しむ獣人たちを」
そう言ってシノは、三人の首から下げている、ひび割れた青い宝石を見つめた。
パーナたちは死んだと聞かされ、それをどう捉えて良いか分からず、押し黙ってしまう。
シノは相手が意味を嚙みくだき、受け止めるのをまった。
しばらくして、ヤークトが尋ねる。
「死……あの、実感が湧かないのですが、それによりあたしたちは、お許しを頂けたという事でしょうか……」
ヤークトは、ちらりと楽市を見る。
楽市は鋭い目つきで、スケルトンを見つめていた。
一瞬真剣なまなざしで、教えを乞う生徒のように見えたが、気のせいだろう。
スケルトンの講義が続く。
「ふむ、君たちの種は、その許す許されるの概念が、大切になってくるのだったね。
しかしこの場合、その概念は関係ないのだよ。
おめでとう、君たちはもう北の住人だ。
好きに住むといい」
「好き……にですか!?」
「ただし君たちは、リスクを背負うことになった」
「リスク?」
「北の住人になったと言うことは、ダークエルフと敵対すると言うこと。
ダークエルフは必ず、森を滅ぼすため攻めてくるだろう。
そのときダークエルフの軍構成は、ほぼ獣人種と言っていい。
つまり君たちは、同族どうしで殺し合うことになる。
拒否はできない。
北に住んでいれば、向こうが勝手に攻めてくるからね。
それが嫌でこのままダークエルフの下にいると言う、選択肢もあるのだが、あまりオススメ出来ないね。
遅かれ早かれダークエルフは、君たちの性質の変化に気付くだろう。
そうなれば彼らは君たちを、“特殊検体”としてイジリ回すだろうから。
私としてはラク殿について、ダークエルフと敵対する方が、良いと思うが……
まあ、選ぶのは君たちの自由だよ」
「うっ」
「くう……」
パーナとヤークトはそれを聞き、再び押し黙ってしまう。
そんな中で、クローサだけが顔をあげ叫ぶ。
「そんなの、ウソよっ!」