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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第2章 中核都市ベイルフ
130/683

130 楽市と、千里眼の乙女たち


「はあ……」


楽市は視線を漂わせて、ぼんやりとしてしまう。

しかしここで、数回まばたきして首をふった。


「いけない……

ちょっとしたことで、へこんでたら、これからやって行けないぞっ」


そう言って強張った頬っぺたを、両手でほぐしていると、城壁塔の下でウロウロする人影がみえた。

数は三人。


白いローブを羽織った、獣娘たちだ。

実年齢の差はともかく、見た目は楽市より五~六歳若いように見える。


ヒノモトで言えば、高校生ぐらいだろうか。


「あれ? あの子たちって確か……」


楽市が見つけた三人は、夕凪が連れて来た娘たちだった。

夕凪がなぜか気に入ったらしく、助けたいと連れて来たのだ。


「確かシノさんのテントに、避難してたっけ?」


楽市の獣耳が、パタパタと動く。

何やら三人は慌てているようで、楽市は聞き耳を立ててみる。


少しふっくらとした娘が、泣きそうな顔になっていた。


「ねえ、どこにも無いよっ、城壁塔が消えちゃってるっ!」


背の高い娘が、ふっくらとした娘の背をさする。


「おかしいな、ここら辺のはずなのに……」

「どうしようパーナ、ヤークト。

自動筆記(あのこ)たちを、失くしちゃったらさーっ」


「そんなの、やだよっ」

「クローサ気が早いってっ。変なこと言わないでよっ」


三人は何かを探しているようで、それが見つからずウロウロしているらしい。


「城壁塔? あっ、ここかー」


楽市はそう言って、自分の座る岩をなでた。

キキュールの人払いは、どうやら相手の認識を阻害するらしい。


「ふ~ん……そっか」


楽市は少し迷ったが、城壁塔からフワリと飛び降りる。

空中で狐火となり、火力を上げて二十数える。


その後ゆっくりと降りていき、着地する寸前に元へもどった。


黒草履が白い砂にふれて、微かな音をたてる。

すらりと立ち、三人の獣娘を見つめた。


流れるような銀髪。

切れ長の美しい、金の瞳。

華奢(きゃしゃ)な首筋からつながる、瑞々しい曲線。

そして少し、ホカホカ。


獣娘たちは突然あらわれた楽市に驚きつつも、微かに頬を染めた。


三人のうち誰かが、ほうっ……と溜め息をついている。

間違いなく、三人は見とれていた。


そうなのである。

楽市は黙っていれば、相当な美人白狐さんなのだ。


黙っていればの話だが。

楽市は小首をかしげて、右端の娘に声をかけた。


「えっと、クローサさんだっけ? 

良かった、助か……あーうん、えっと、元気そうで良かった」


名前を呼ばれたクローサは、見とれていたはずなのに、目をそらし少し複雑な表情をした。


「ありがとうございます……」


横に立つパーナとヤークトが、目をパチクリしている。

二人は初対面である。


楽市が霧乃たちへ合流した時には、もう気絶していたからだ。


しかし二人は見とれた後、すぐに気付いた。


目の前の、獣娘が誰だかわかる。

夕凪から心象(イメージ)としてその姿を、その声を知らされていたからだ。


「えっ」

「え?」


初めの驚きが、少しづつ喜びに変わっていく。


「えーっ!?」

「ええっ、うそー!?」


パーナとヤークトは、舞い上がらんばかりとなった。


しかしもう、コールカインは切れている。だから血走って、マシンガントークを初手で出す事はしない。

いや、しない方が良いだろう。


溢れ出る気持ちとは裏腹に、二人の体が緊張で固くなっていく。


あれほど会いたかったのに、こうも簡単に会えてしまうと、どうして良いのか分からないのだ。


パーナなどは、もしお会いできるとしたら、きっと森の奥にある立派なお城でだろうと、勝手に思いこんでいた。


それが仕事場の近所でバッタリ会うなど、現実感が追い付けていない。


「ああっ……私はパーナ・レイジナと申しますっ」

「あ、あたしは、ヤークト・ピネスと申します」


「うんパーナさんに、ヤークトさんね、よろしく。

あたしは楽市」


「「 はい、よろしくお願いいたしますっ! 」」


二人は直角に頭を下げて、そのまま固まってしまった。

楽市は二人のカチコチな態度を見て、困ってしまう。


「あー、そんなに固くならないでよ。

なんか夕凪が迷惑かけなかった? あの子けっこうヤンチャだからさ」


声をかけられて、パーナが楽市を見つめる。

その目は、もうキラキラだった。


心象で見せてもらった姿と同じだと、心の中で何度も叫んでいた。

パーナはこれほど親し気に、主たちから話しかけられた事がない。


「ゆうなぎ様とは、うーなぎ様のことですねっ。

いえそんなっ、私の方こそ、うー……ゆうなぎ様に迷惑をかけてしまって……」


パーナはそこまで話して、顔が青くなる。

自分のやらかした事を、ハッキリと思い出したからだ。


コールカインの効果は切れたが、その時の記憶まで切れて無くなるわけじゃない。


しっかり覚えている。

パーナは夕凪にドン引きされたことを思い出して、気が遠くなった。


「あ……あああっ」


急激にしぼんでいくパーナへ、楽市が微笑みかけた。


「夕凪に“様”なんて、付けなくてもいいよ。

あの子すぐ、調子に乗っちゃうから。

それと、あたしにも付けなくて――」


「ええっ、そんな!」

「ああそっか……あの時も、それでもめたなー」


楽市はこの世界の獣人種が、かなり“従う”という行為に、執着していることを知っていた。


それが強力に、獣人種の精神を安定させるのだ。

頭の隅に、ナランシアの顔を思い浮かべる。


「じゃあ、あたしにだけね。

あの子たちにまで付けたら、ちょっと教育に悪いから」


「は、はいっ!」

「様を付けるなら、“らく姉さま”でもいいよ」


「ええっ、それはちょっとっ」

「ふふふ、うそうそ」


そう言って楽市は、別の顔を思い浮かべる。


楽市との会話でしぼんでいたパーナの気持ちが、再び爆上がりである。

失礼かと思われたが、もう尻尾を振るのをガマンできない。


パーナがブンブン尻尾を振るよこで、ヤークトが熱のこもった視線を楽市におくる。


夕凪の見せてくれた、心象どおりだ。

気軽に話しかけてくれて、微笑んでくれる。


その姿に、ああ本当に今あっているのだと、実感が湧いてきた。


するとカチコチな気持ちだけでなく、ヤークトの心にすっと芯が通ってくる。


今この場で会えたのは、何かの幸運。

もう二度と、お会いできないかもしれない。


このように、言葉を交わすことは無いだろう。

そう思うと、この大切な時間をどうするべきか……


漠然とだが、尋ねるのはパーナの役だと思っていた。

もし尋ねたのち、拒絶されたら……


しかしヤークトは、パーナが尻尾をガマンできないように、もう自分で聞かずにはいられない。


数瞬の迷いの後、ヤークトは意を決して尋ねることにする。


「あの、お尋ねしたいことがあります……」


「ん、なに?」







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