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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第2章 中核都市ベイルフ
129/683

129 楽市は、ちょっと頑張りたい


稲に似た、植物の葉先が風で揺れている。


脇では茎のしっかりした植物が、先をたくさん枝分かれさせて、黄色い蕾を幾つもつけていた。

その蕾へ、クルクルと舞う甲虫がとまる。


草花のそよぐ原っぱから山の裾野へ目を移せば、濃い緑をしっかりと茂らせた背の高い木々がみえた。


山肌を抜けていく風で、木々はゆっくりと揺蕩(たゆた)っている。

その上空を、名も知らぬ禽獣が旋回していた。


山頂まで視線を上げると、背の低い木々や、芝の原っぱに立つ巨大アンデッドがみえる。


昼時の真上にのぼる太陽が、それら全てにクッキリとした影を作っていた。

アンデッドのシルエットを除いて、生命あふれる一日といった所だ。


しかし楽市や子供たちは、ベイルフの壁に背中をあずけて座り込み、死んだような目をしていた。


ちなみに豆福だけは、昼の日光を浴びてニコニコしている。


「豆福すごいよ……びっくりした」

「ふふー」

「あれ、どうやったの?」

「んー、きたのー」


「んー? そこを詳しくっ」

「へ?」


楽市から褒められて、よろこぶ豆福。

しかしどうやったのかと聞かれて、幼子は首をかしげた。


「まめ、あれ何?」

「まめ」

「まーめー」

「まめさんっ」


霧乃たちも、あれは何だったのかと聞くが、豆福は「きたのー」とか「きてって、いったのー」ぐらいしか説明できない。


あまりに同じことを聞かれるので、豆福の口が尖り始めた。

絶対しつこいなこいつらと、思っている顔だ。


それでも根気よく聞いていくと、どうやら豆福は「ただ呼んだだけ」らしい。

豆福自身は、何もしていないという。

にわかには、信じられなかった。

 

ではなぜ、呼ぶことが出来るのか?


そう聞かれて、豆福は泣きそうになる。

植物系のあやしとして、生まれながらに植物と通じ合えるのだ。


豆福はなぜと聞かれた、その質問の意味が分からないのだった。


「うー、もーやーだーっ、なーぜーは、やーっ!」


豆福が涙まじりに怒り始めたので、楽市たちは聞くのを諦めて、褒めに走った。


「わー、ごめん。 豆福はすごい子っ」

 

「まめ、すごいこっ」

「まめ、すごいっ」

「すごいっ」

「すごーいですっ」


「ん゛ん゛、ほんとー?」


豆福は、おざなりな言葉だと感じ取ったのだろう。

疑いの目を向けてくる。


引き続き霧乃たちが豆福をあやす中で、楽市は目の前に広がる山々を眺めた。


目の前の大自然がつい先ほどまで、(はらわた)をぶちまけたような惨状だったとは、今でも信じられない。


見る見るうちに、黒ミミズが色とりどりの草花となっていった。

巨大ミミズが、深緑の立派な木々となった。


隣に座るキキュールが、こんなの馬鹿げているとか、魔術の根幹がどうのとかブツブツ言っている。

楽市は、寝ているシノに声をかけた。


「シノさんは、どう思います?」

「……うーむ」

 

楽市は思う。

もう、それでいい……もう許すと。

 

森の再生? 

良いことだと思う。


ただどうしても、受け入れられない事があった。


全身にくっついていた黒い粒が、ありとあらゆる羽虫、甲虫へと変化したことだ。

まだ、モゾリと動く粒の方がましだった。


全身の黒い粒が、全て虫になったとき。

楽市は、血を吐くような悲鳴をあげたのだ。


「はあ……」


思い出しただけで、楽市の気力が擦り減っていく。

豆福をあやし終えた夕凪が、夏の日差しに炙られながら目をつぶる。


「あついー」

「……うん、あつい」


誰に言ったわけでもなかったが、隣の霧乃が返事をしてくれた。

霧乃は、やはり優しい子。


チヒロラが重い腰をあげて、周りを眺める。


「どこか日陰で、お師さまを寝かせてあげたいですー」

「私は、別に構わないが」


「でもー」


シノは高位の、エルダーリッチである。

日光への耐性を習得済みだが、チヒロラの心情としては、やはり昼間の日光は避けてほしい。

 

キキュールが、チヒロラの心配そうな声を聞き、辺りを軽く見渡した。

そして、寄りかかる壁を見上げる。


「あそこだな……」


見上げる先には、ベイルフの城壁塔があった。

塔の最上部の小部屋には、普段何も置かれていない。


戦時の場合、邪魔になるからだ。

武器火薬類は、全て下方の階に常備してある。


しかしその最上部の小部屋には、木のテーブルと椅子が数脚あった。


テーブルには、金ピカの不思議な機械が幾つか置いてある。

霧乃がそれを見て、うっとりしてしまう。


「ふあっ……きれい……」


部屋の中は少し蒸したが、外よりはましだ。

キキュールは部屋に入ると、左手で空中に魔法陣を描き、人払いの結界を張る。

指先の光が、四方に飛んだ。


「こうすれば、私が許可したもの以外はいれない。

チヒロラ、これでいいか?」


「わー、ありがとうございます、キキュールさんっ!」


はじめ霧乃、夕凪、朱儀の三人は、部屋に入るのを嫌がった。

いぜん押し潰された、ストーンゴーレムの部屋を思い出したからだろう。


しかし床の岩がヒンヤリして、気持ち良いことを知ると、寝ころんでたちまち寝息を立て始めた。


霧乃、朱儀、夕凪の順で川の字である。

豆福は眠くないが、霧乃と朱儀のあいだに入り込む。


「まめ、もー」


チヒロラは眠らずに、寝かせたお師さまの隣に座る。


そうして三日前に、どうやって皆でベイルフを脱出したかを、興奮しながらシノに話し聞かせた。


「そしたらですね、うーなぎさんが、引っ張るって言い出したんですっ。

どういう事かなって思ったら、本当に引っ張ってましたっ」


「ほう、屋根を伝ってかね?」

「そうなんですーっ」


キキュールは、シノを挟んで反対側に座り、二人のやり取りを静かに聞いていた。

楽市は皆が落ち着いたのを見て、キキュールに声をかける。


「あたし、ちょっと外の様子を見てきますね」

「……はい」


楽市はキキュールの固い返事を聞きながら、チヒロラに手をふり、ドアを開けて外にでる。

城壁塔をよじ登り、てっぺんに座った。


足をブラブラとさせて、再生した山々を眺める。

そして、自分の小袖をみるのだった。


しっとりとした黒地に金の流線が入っており、なかなかカッコ良くて、楽市は気に入っている。

ただ前は、雪のように白い小袖だったのだ。


「白かったんだよね」


シノに森が再生すると聞かされたとき、本当にビックリした。

そしてシノが、そんな楽市に驚いていた。



    *



「何ですかそれっ、シノさん!?」

 

「ん? 北の森の時も、そうだったではないですか。

ラク殿は知らないのですか!?」


「ええっ、知らないですよそんなことっ!」

「では、あの時どこにいらしたのです!?」


「あたしは、あの時――」


楽市は、そこでうつむき答えなかった。



    *  


 

楽市は城壁塔の上で座り直し、体育座りになる。


「生き返るかー。

あたしも一回、死んだってことかなー。

まあ、そうでなきゃ祟り神になんてならないか……」


散々祟り神の力を使っておいて、今さら特に落ち込むわけでもない。

そこは、あまりショックではない。


ただ――


「何か、もう大丈夫だと、思ってたんだけどなあ……」


まだ半年ほどしか経っていないけれど、霧乃たちもいる。


楽市はこの世界でやっていく、自信みたいなものが少しずつ生まれていた。

確かに、今もそれを感じている。


――でも、ちょっとしたことで、「あの時のまま」の気持ちがぶり返すなんて


「なんか、ちょっとやられた。

ちょっとだけ、チクってきたぞ」


あの時の狂おしい気持ちが突然襲ってきて、すぐに去っていくのだけれど、しっかりと胸の辺りに鈍痛を残していく。


「忘れたいわけじゃないんだよ、兄さま。

ただ今はちょっと、頑張りたいなって思って、ごめん……」








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