126 豆福のしょうり宣言
「まめ、やるよっ!」
豆福はそう宣言して、日向へ駆けだしていった。
五十歩ほど走った所で、誰も来ていないことに気付く。
振り向いて、頬っぺたを膨らませた。
なぜ、付いてこないのか?
何も説明せずに、駆けだしたのだから当たり前だ。
しかし豆福は自分の知っていることを、皆も知っていると思っているのである。
「もうっ、まめ、やーるーよーっ!」
両手をあげて激しく動かし、こっちへ来いと催促する。
「なにすんの、まめー?」
「ふあ……ねむい」
「まめ、まってー」
「待って下さいー、んしょ」
チヒロラがお師さまも連れて行こうと、後ろ向きになり引っ張り出す。
すると、うつむくキキュールに気付いた。
「キキュールさん、どうしたんですか?」
「ん……ああ、何でもない」
「まめさんが、何かやるそうなんですよ。
早くいきましょうっ」
「……ああ」
チヒロラにせかされて、キキュールは力なく歩き出す。
そんなキキュールの背中を、楽市がジッと見つめていた。
「んんっ?」
見つめる楽市の視界に、手を振る豆福が割り込んできた。
どうやら、のろのろする楽市をせかしているようだ。
激しく動くので、頭の上のつる草がユラユラと揺れる。
「もー、らくーち、こっちーっ!」
「はいはい」
豆福は日向に出ると、キョロキョロし始めた。
するとすぐに目当ての物を見つけたようで、そっちへ駆け出していく。
「こっちーっ!」
豆福の走る先には、直径十メートル程の浅い窪みがみえる。
巨大アンデッドのトリクミによって踏み荒らされているが、よく見ると窪みを中心に、無数のすじが放射状にのびていた。
それは楽市が自分の中の瘴気を、こらえきれずに爆発させた跡だ。
しかし当の楽市は、瘴気のことで頭が一杯だったので、自分の跡だなんて思いもしない。
「なにこれ?」などと豆福へ聞き、何言ってんだこいつ?――みたいな顔を豆福にされる。
「え!? あたし変なこと聞いた?」
豆福はそんな楽市をほっといて、窪みの中心にペタリとすわった。
「みてーっ!」
そう元気よく言うと、頭の上のつる草を伸ばし地面へと突き刺した。
豆福へ呼応するように、離れた場所で小さな変化が起こりはじめる。
そこは瘴気ただよう、山間のせまい盆地だった。
純白の砂がたまっている。
砂地からは、南へ伸びる巨大な獣の足跡があった。
獣の足跡は瘴気の山々から外へ出ると、とたんに黒ずみ始める。
この世界の正常な草木が、獣から滲み出る瘴気によって枯死するからだ。
点々と飛び石のように、枯草の足跡がつづく。
豆福に呼応する変化は、その足跡を伝ってベイルフへと向かった。
うごめく小さなものたちが、四足獣アンデッドさながらの、駆け抜けるようなスピードで伝っていく。
*
「こっちー、そー、こっちーっ」
豆福が「みてーっ!」と宣言してから、何分経っただろうか?
楽市たちは見てと言われたが、何を見ていいのか分からない。
さっきから豆福は、こっちーとか、そーそーとか、つぶやくだけなのである。
ただそれを見て、河原での豆福の独り言を思い出し、チヒロラだけが青ざめていた。
多分、また壊れたと思ったのだろう。
「はわわ、まめさーん!?」
霧乃たちが何度か「なにそれ?」と声をかけるのだが、豆福から「しー、なのーっ」と怒られてしまった。
豆福は冗談でやっているのではなく、真剣なのである。
仕方がないので皆で見続けているのだが、何が何だかサッパリ分からない。
立っていても疲れるので、楽市たちは豆福を中心にして、その場にペタリと座り込んだ。
「ふあああ……あ」
夕凪が、大きなあくびをする。
まだ眠いのである。
座り込むと、じわりと眠気が強くなってしまう。
豆福のみてーっはまだ続きそうなので、夕凪は寝転がることにした。
すると視界の変化で、盆地の稜線に立つアンデッドたちが目に入る。
「ん?」
なにか、様子がおかしい。
こちらを向いて、ピクリとも動かなかったアンデッドたちが、全員後ろの北側を見ている。
何を見ているのだろうか?
「あれ、なにしてんの?」
夕凪が指差すと、みんなも見て首をかしげた。
「また、かじ?」
霧乃がすぐ思いつく理由を口にすると、夕凪と朱儀が本気で嫌がる。
「わーっ、ねむいのにっ!」
「あー、もー、やだーっ」
煤だらけの二人は、ぜったいに動かないぞという、固い意志で地面に寝転がった。
楽市が目を細めて、唇に人差し指をあてる。
「んー? 何か違うかも。
ほらがしゃたち、足元を見出したよ。
ほら今度は、こっちの斜面を見てる。何だろ?」
皆であーだこーだ言っていると、何かが素早く足元を駆け抜けていった。
楽市たちがその感触に驚いていると、豆福が立ち上がり、高らかに宣言をするのだった。
「きたーーーーーーっ!」