125 一体何が、始まるんです?
自分は一体、何を見ているのだろうか?
キキュールは、自問の沼に沈み込む。
城壁の向こうでは、数え切れないほどの獣人の死体が、転がったままなのだ。
なのに何事も無かったかのような顔で、目の前の者たちは喜び合っている。
チヒロラがフワリと揺れるシノを引っ張っていき、楽市という女に見せていた。
楽市はシノを覗き込み、ホッとした顔をする。
長年獣人たちの表情を読み取ってきたキキュールには、柔和な目元のその表情を、心から現れたものだと判断した。
つまり楽市は本当に、シノを心配して安堵したのだ。
キキュールは考える。
なぜそのような優しさを、壁一枚向こうの獣人たちへ向けないのか?
楽市が、チヒロラの頭をなでている。
するとチヒロラが嬉しさのあまり、また泣き出したようだ。
周りの子供たちが、再びチヒロラを抱きしめている。
なんと、優しい世界なのだろうか。
キキュールは不思議に思う。
なのになぜその気持ちをベイルフの獣人へ、これっぽっちも向けないのか?
キキュールは、「なぜ、なぜ、なぜ」と疑問を投げかける。
ただし声には出さない。
全て自分の内側に、響かせていた。
疑問が次々に体内で、跳ね返り続ける。
その結果、得られた答えはシンプルなものだった。
――それは、全員アンデッドだから。
それは石畳で運ばれていた時にも、得られた答えである。
同じ問いに粘着して、いつまでも繰り返す自分に嫌気がさす。
それでも止められない。
「あやし」という種らしいが、アンデッドには変わりがない。
彼女たちからは、生者のような精気は全く感じられず、漂うのはドス黒い瘴気のみ。
そのような者たちが、獣人の死を悲しむわけがない。
そして問いの答えは、問い続けるキキュールに跳ね返ってくる。
なぜならキキュール自身も、アンデッドだからだ。
その事実が、キキュールを苦しめる。
楽市たちに向けられていた怒りが、全て自分に向けられる。
――お前はアンデッドとして、これまでどれだけの獣人を殺してきたのだ?
数え切れないほど。ベイルフの比ではない。
ベイルフの死者数など、キキュールの殺してきた数に比べれば、誤差でしかないだろう。
数千年の間、獣人種はダークエルフの従者として、事あるごとに攻めてきて、それをことごとく屠ってきた。
そんなキキュールが、ベイルフの獣人の死に憤るなど、
「何の、冗談なのだこれは……なんて滑稽なのだ……なんて……」
自問を繰り返すキキュールに、楽市が心配そうに話しかけてきた。
しかしキキュールは自分の問いに溺れており、ろくに返事をする事ができない。
適当な返事をする。
楽市が、怪訝な表情をした。
キキュールは、それを取り繕う気になれなかった。
子供たちに取り囲まれて、ふわりと揺れるシノを見る。
まだ意識が混濁しており、会話ができない。
――シノ……私は、どうすれば良い?
そんなキキュールを置き去りにして、優しい世界は動き出す。
ホクホク顔の豆福が、ぴょんと飛んだ。
みんなの注目を集めてから、両手を挙げて宣言する。
「まめ、やるよーっ!」
一体何を、やるというのか?