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闇落ち白狐のあやかし保育園  作者: うちはとはつん
第2章 中核都市ベイルフ
123/683

123 その頬を、すすで汚して


物理浮遊(フィジーフロウ)っ」


キキュールが魔法を唱えると、シノの身につけているド派手なローブが波打ち、シノごと浮かび上がった。


シノは偽装に使った魔法がとっくに切れて、元の骨に戻っている。

 

「チヒロラ、まめ、そいつを掴んでいてくれ」


キキュールが頼むと、二人がシノのローブを握った。


ちょっとつついただけでも、シノの体がユラユラする。

それが面白くて、チヒロラと豆福はずっとつついてしまう。


「わー、フワフワですっ」

「ふふふ」


豆福は先ほどまでぼんやりしていたのに、今はニコニコしている。

これから会いに行けるという事が、豆福の心を軽くしているのだろう。


「今から、転移魔法でベイルフに向かう。

二人ともそいつを引っ張って、私の隣りに立ってくれ」


チヒロラと豆福が寄り添うのを確認すると、キキュールは動く左手で、空中に格子状の魔法陣を描く。


横に五回、縦に四回、指先で素早く光の線を引いていった。


浮かび上がる格子状の魔法陣は、広がりながら湾曲し、網のようにキキュールたちを包み込む。


空間転移(ディトレート)っ」


河原にいた四人が、軽い破裂音を残してその場から消えた。




次の瞬間キキュールたちは、連なる山の頂に立っていた。

眼下に広がる盆地の中ほどには、ベイルフの城壁が見える。


その脇をフリンシル川が流れており、右からのぼる太陽が、城壁の左側に濃い影をつくっていた。


あれほど溢れていた、低級アンデッドの姿はほとんど見られない。

再び北へ向かい、歩き出したのだろうか?


キキュールたちから見ると、ベイルフを挟んだ向こう側が、山火事を起こした北側となる。


今たつ場所からも、一目でわかった。

山の火が消えている。


いまだに焦げ臭い匂いが、被害を受けていない南側にまで漂ってくるが、見事に楽市たちは消火を成功させていたのだった。


「わあああああっ!」


豆福が喜びの声を上げた。

山頂でチヒロラと抱き合い、二人でぴょんぴょん飛び跳ねる。


「まめさん消えてますよっ、うーなぎさんたち、すごいですーっ!」

「ぶぁー、きーえーたーっ!」


キキュールは山火事が消えて大喜びする二人とは逆に、悲痛な面持ちでベイルフを見つめていた。


キキュールのエメラルドグリーンの瞳には、何の損傷もないベイルフの城壁が映っている。


しかしその中で息をする者は、一人も居ない。

山頂に吹く風が、キキュールの黒髪をゆらしてその横顔をかくす。


「ここからは飛空魔法で、ベイルフの上空を通過しながら近付く」

「はい、わかりましたっ」

「ふぁーっ」


キキュールは左手でシノのローブを掴み、飛空魔法の(しゅ)を唱える。

チヒロラと豆福はそれぞれ朱い鬼火と、黄緑色の光球となった。


あれほど乗り越えるのに苦労した、城壁を軽々と越えて都市上空を進む。


眼下には、三日前と何も変わらぬ惨状が続いていた。

キキュールは暗い顔をしながらも、ある違和感に気付く。


この夏場なのに、死体がまるで腐っていない。

変色もしていなかった。


「これは……」


キキュールには分からない事だが、祟り神ゆらいの瘴気は、あらゆるものを衰弱死させる。


それは人々や獣、草木ばかりでなく、細菌類も全て殺していた。

死体を分解するサイクルまで、死滅しているのだ。


あっという間にベイルフ北城壁までたどり着くと、鬼火のチヒロラが自身をクルクル回転させながら叫んだ。


「あー見てください、がしゃさんたちがいますーっ」



キキュールが視線を正面に戻すと、北側の盆地の稜線に巨大アンデッドたちが立っていた。


距離があっても、その巨大さゆえにハッキリと視認できる。


フリンシル川を挟んで左の頂に、四足獣スケルトン二体と半透明の幽鬼。

川を挟んで右に、傷だらけの凶悪なスケルトンが一体。


まるで門番のように、両側の頂に立っている。

二十メートル近いアンデッドたちが、微動だにせずいる姿は異様だ。


がしゃたちは、再出火を監視するために立っているのだった。

監視する山の裾野は、見渡す限り焦土と化している。


キキュールは険しい顔で、アンデッドたちを見つめた。


「こいつらが、ベイルフを……」


シノを掴む左手に、力が籠る。

そんな横から、豆福がこらえきれずに飛び出していった。


「ふぁー、らくーちーっ!」

「あっ、まって下さい、まめさーんっ!」


チヒロラが、その後を追う。

二人の火の玉が楽市たちを探すため、上空を舞った。


がしゃが居るならば、どこか近くに居るはずだ。

けれども、なかなか見つからない。


「きーりーっ、うーなーっ、あーぎーっ、どーこーっ!?」


豆福の光球が、激しく揺れて飛び回る。


「どーこーっ!? らくーちーっ!」


あまりに見つからないので、豆福のみんなを呼ぶ声が震え始めたとき、チヒロラの声が聞こえた。


「見つけましたよっ、まめさーんっ!」

「ぶああーっ!」


豆福の光球が、声のする方向へすっ飛んでいく。

その声はキキュールにも届き、シノを引っ張って声のする方向へと飛ぶ。

ベイルフ城壁の左側へまわりこむ。


すると四人は、ベイルフの城壁がつくる影の中にいた。

ピクリともしない、みんな寝ているのである。


楽市がのんきに、大の字になって地面で寝ていた。

その頬っぺたは、煤で汚れている。

 

楽市の広げた左腕を枕にして、霧乃が丸くなっていた。

反対の右腕では、夕凪が可愛い寝息を立てている。

朱儀は楽市の上で、胸を枕に腹ばいだ。


子供たちの頬っぺたも、煤で汚れていた。

みな城壁の影で、気持ちよさそうに寝ている。

  

「すー、すー」

「すー、すー」

「すー、すー」


「んっ……うん、ぐー、うぐ」


楽市だけ、ちょっと寝苦しそうだ。

キキュールは傍に降りたち、その変則的な川の字をジッと見つめる。


「この女が、らくーち……なのか?」







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