122 まめと、キキュール
遅い朝――
キキュールが、河原にたたずんでいる。
川の流れを眺めながら、左手を軽く左右に降っていた。
その度に左手の周りには小さな魔法陣が、浮かび上がっては消えていく。
「ふむ……」
キキュールは手の調子に、納得した様子でうなずく。
右手はペラペラでまだ動かないが、左手は完全復活したと言える。
「これならば、いけるか……」
そうつぶやくキキュールの後ろから、チヒロラの慌てる声が聞こえた。
「キキュールさん、たいへんですーっ!
まめさんが、おかしくなっちゃいましたーっ!」
「なに?」
チヒロラに手を引かれて行ってみると、豆福が川辺の木に手をついて、独り言をつぶやいていた。
「そー、うん。
うーなが、ねー、まって、てって……」
うなだれる小さな背中を見て、チヒロラの顔が青くなる。
「どうしたら、良いんでしょうかっ!?
まめさん、みんなに会えなくて、変になっちゃいましたーっ!」
「う~ん……」
キキュールもその姿を見て、困ってしまう。
あれから三日。
キキュールが目覚めてから、もう三日が経ってしまった。
その間、豆福は楽市たちと離ればなれなのである。
チヒロラが眉を八の字にして、キキュールのローブにしがみつく。
「まめさんは、さびしいのをガマンして、お師さまを治すために、残ってくれたんですーっ!」
三日前。
シノとキキュールを安全な所まで運んだ夕凪が、すぐ引き返して楽市を助けようと提案した。
その際チヒロラと豆福には、残っていてくれと告げたのだ。
シノとキキュールの食事がひと段落して、ウトウトしていた豆福が、それを聞きびっくりしてイヤイヤした。
チヒロラはお師さまの傍にずっと居たいので、むしろそれが有難い。
しかし豆福は違う。
なぜ自分は行けないのかと、怒り出す。
「やーっ、まめも、いく!」
眠い目をこすりながら、夕凪に抗議をする。
そんな豆福を、夕凪はそっとダッコした。
「まめ、ごめん。
でも、おしさまが、心ぱいなんだ。
まめはこのまま、おしさまを、治してあげて」
「うー」
夕凪の腕の中でむずがる豆福に、霧乃も声をかける。
「おしさまを、なおせるの、まめだけなんだ。
おねがい。
おしさまが、死んじゃったら、きり、やだよ」
「うーなぎも、やだ」
「あーぎもー」
そう言われても、豆福は霧乃たちといつも一緒だったのである。
離れたことなんて一度もない。
不安がっていると、三人がそんな豆福を真ん中にして、優しくギュッとしてくれた。
「チ……チヒロラも、やですー」
チヒロラも、震える声でつげる。
その目には、涙がたまっていた。
何度もすすった鼻は、真っ赤だった。
豆福はそれを見て、ハッとする。
下唇をかんで、ぐずるのを止めた。
チヒロラは今日ずっと、泣いていたのかもと思ったからだ。
豆福はまだちょっと膨れてしまったが、留まることをきめる。
「うん、まめ、やるー」
「まめさんっ!」
「まめっ」
「まめっ」
「まめっ」
四人が、豆福にいっぱい頬ずりした。
豆福は普段ならくすぐったくて、手の平で思いっきり突っぱねる所だ。
でも今日の豆福は、されるがままにした。
ほっぺたを真っ赤にして、再度宣言する。
「うん、まめ、やるよっ!」
チヒロラはその時のことを思い出しながら、手をわちゃわちゃさせた。
「うーなぎさんは火も消して、すぐ帰るって言ってたんですっ。
まめさんは、それをずっと待ってるんですーっ」
キキュールはもう一度、豆福の背中を見る。
「そうか……ではこちらから向かおうじゃないか」
「えっ?」
「私も、ベイルフが気になるんだ」
「キキュールさん、もう大丈夫なんですか!?」
「ああ、まめのお陰でな」
キキュールは、ぶつぶつと独り言を続ける豆福の髪にふれた。
振り向く豆福の顔は、ぼんやりしている。
「まめ、行くぞ」
「んー、どこ」
「決まっているだろ、らくーちの所だ」
「えっ、らくーちっ?」
豆福の顔が、パッと輝いた。
「ああそうだ。
私の魔法が三日前のあの程度だと思われるのは、気に入らないからな。
パッと連れてってやる」
そう言ってキキュールは、動く左手をニギニギする――