119 朱儀に、おこられてる3人
楽市は声が聞こえないと、分かっていても言わずにはいられない。
四足獣たちへ、ビシリと指を突き立てる。
(よくもやってくれたなっ。
今度はこっちが、ボッコボコにしてやるっ!)
そして心象内で振り向き、力強く言い放つのだった。
(みんなお願い助けてっ! あたしじゃ無理っ!)
霧乃と夕凪は、一瞬かゆみを忘れてポカンとした。
堂々と啖呵を切った、直後の丸投げ。
そのギャップに、全ての思考をもっていかれたのだ。
何という、潔い丸投げだろうか。
しかし朱儀だけは、すぐに反応し準備をする。
(やったっ、らくーち、だいすきーっ!)
楽市の威嚇を感じたわけではないが、四足獣アンデッドがさっきから攻めあぐねていた。
角つきが突然姿を変えたこともあるが、何よりもその奇妙な動きに警戒する。
初めは恥ずかし気にクネクネし始め、今はなぜか自分の腕や足、お尻を叩きはじめている。
一体何の意味があるのか?
しかし、考える時間はあまりなかった。
しびれを切らした幽鬼から、攻撃命令が送られてきたからだ。
四足獣アンデッドの虚ろな眼窩に、再び赤い炎が灯る。
攻撃準備に入る四足獣をドン無視して、霧乃が泣きそうな顔になっていた。
(わーっ、うーなぎ、これ、かけないよっ!
かゆいの、骨だもんっ)
がしゃが傷を負ったのは、骨の部分なのである。
そのため瘴気で作られた楽市の柔肌に阻まれて、直接かけないのだった。
だが夕凪はひるまない。
(たたけ、きりっ、こーだっ!)パンパンッ
(そっか、うんっ!)パンパンッ
叩くと衝撃が骨まで伝わり、いくぶん痒みが軽減するのだ。
しかし楽市が、それを邪魔した。
(うわ、お尻叩くのやめてよっ、恥ずかしいっ!)
霧乃が邪魔する楽市を、さらに邪魔して目を丸くする。
(なんで、らくーち、へいきなのっ!?)
(獣がしゃにやられ過ぎて、何か痺れてんだよね。
痒みがよくわかんない)
(なにそれーっ!?)
(きり、いーから、おしりたたけっ!)
(うんっ!)
尻尾を食いちぎられていたので、尾てい骨辺りが凄くかゆいのだ。
(ちょっと、二人ともっ!)
楽市と姉二人が運動系を取り合っている横で、朱儀がやきもきしていた。
四足獣の変化を、感じとったからである。
(あ……)
四足獣が、ゆっくりと死角へ回り込んでいく。
(あー)
背後で地面に積もる白い砂が、微かにきしんだ。
四足獣が、前足に体重をかけたのだろう。
(あっ)
そんな変化に、楽市たちは全く気付いていない。
(ああーっ)
あと半呼吸もしないうちに、襲いかかって来る。
朱儀はゾッとする。
背後で、一瞬の空白がうまれたのだ。
四足獣はいま確実に、爪をたて空中にいる。
(あー、もうっ!)
朱儀は強引に楽市たちを押しのけて、巨人の右ひじを打撃ポイントに置いた。
ゴオオオオオオオオンッ!
(うわっ)
(うひっ)
(なにっ、朱儀!?)
朱儀が間髪入れずに襲いかかる、もう一体を捌きながら怒鳴った。
(もーたらっ、もうだよっ、もうっ!
ちゃーんーとー、しーてーよっ!)
ゴオオオオオオオオンッ!
(わーっ、朱儀ごめんっ。 霧乃、夕凪手助けをっ!)
(あっ、あーぎ、ごめんっ!)
(ごめんっ! たたくの、あとだっ)
霧乃と夕凪が心象内で後ろへ付き、朱儀の動きに手をそえる。
それと同時に周囲の情報処理をバックアップして、五感全ての感度を上昇させた。
少しノイズが入っているのは、かゆみを我慢しているせいだろう。
霧乃と夕凪が、感心しながら朱儀をみる。
(あーぎ、すごいねっ)
(むずむず、しないの?)
(かーゆーいー、はやく、やっつける)
(そうだねっ)
(がんがん、なぐっちゃえ)
(ふふふ)
朱儀の格闘センスと姉たちの索敵力が合わされば、もはや四足獣に勝てるはずもなかった。
しかしそこで喜べない。
楽市が難しい顔をする。
(獣がしゃを、いくら殴っても無駄かも。
多分、いまも幽鬼に操られていると思う。
幽鬼のほうは、透明になって隠れちゃっているんだよ)
日はすっかり暮れてコバルトブルーの空が広がっており、ますます視認性が悪くなっていた。
(この空の、どこかにいるはずっ)
楽市はそう言って、悔しそうにキョロキ
ョロする。
霧乃がそれを聞き、ちょっと考えてから楽市に話しかけた。
(きりは、きゅうに、らくーちから、出るのあたると、ひえって、なっちゃうんだ)
(ん、どういう事?)
(きっと、がしゃも、そうなる)
夕凪がそれを聞き、心象内で霧乃へ抱きついた。
(あー、そっか、うひゃって、なったらっ!)
(うん、きりと、うーなぎで、ぜったいに、見つけるっ)
霧乃は楽市へ、瘴気を全開にしろと言っているのだ。
そうすれば瘴気に反応した幽鬼の気配を、夕凪と二人で掴んでみせると言っているのだった。